日記・コラム・つぶやき

リアルとリアリティ

 月探査機かぐやが世界で初めてハイビジョン撮影した月面での地球の出の映像をテレビでやっていた…って思ったら、どうやらシミュレーション映像の様である。それにしても随分ちゃちなCGだ。まるで20年前のレベルである。

 …なんて思ってたら実写だった!全然リアルじゃねー(ToT)!!

 空気が無いってのは理屈では分かっているのだが、感覚的な違和感は予想以上である。従来は不鮮明な映像が空気遠近感の様な錯覚を生み出していたのだと改めて実感。

 もし今宇宙ロケで映画撮ったとしても、すげー予算掛けたのにその映像は使えず、特撮で取り直すなんて事にマジでなりそうな気がしたのだった・・・(^ ^;)

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東京でモアイを見る

 日本とチリの修交120周年と言う事で、丸の内にイースター島からモアイ像がやって来た。

Moai_in_marunouchi

 いかにも真新しく見えるのはこのモアイが現在の島民の手によって最近作られた物だからである。イースター島の島民は侵略や病気によって一度滅びかけており、モアイに関する文化も失われている。このモアイは考古学者の最新の研究に基づいて島民有志が作り方から再現した物だそうである。会場での解説には『島民によってマナ(霊力)を込める儀式を受けた本物の石像』とある。『本物の石像』である事を疑う人は居ないと思うが(^^;)。

 よもや客から「これはハリボテだ!」とか「電磁石で地面に貼り着けてる!」とか「椎名桔平に似てる!(←?)」とか言われる事を心配しているとも思えないし、もしや『本物のモアイ』と書こうとして躊躇し言葉を濁したのでは?なんて勘ぐってしまう。

 何をもって本物と言うかは色々考え方が有ろうが、島民のアイデンティティが込められた6トンの石の巨体は見る者にドラマチックな感動を与えるのは確かだ。オリジナルでは無いが本物とでも言うべきか。

 それにしても私が子供の頃は世界7不思議の一つとか言われ、子供向けの図鑑に宇宙人が作ったなんて説がまことしやかに紹介されていたモアイだが、最近の研究成果に従ってトボケた目を嵌め込まれた姿は、もはやどう見ても宇宙人には見えない(^_^;)。また一つ世界から神秘が失われて行く…

 何にしても子供の頃からの憧れだったモアイを生で見られたのは感慨深い物が有った。イースター島は日本から見て殆ど地球の反対側である。たとえ現代に作られた物でもモアイを実際に見る機会など滅多に無いのだから。

 …なんて思ってたら、実は宮城県にチリから送られたモアイ像が有るとか(それも一つじゃ無いらしい)。イースター島の石を使ってイースター島の職人が作ったそうなので、これも本物と言う事になるのか・・・と思ったら、地元ではレプリカと言われてる様だ。これは謙虚さからそう言ってるのか、それとも本物を名乗れない理由が有るのか?例えば特定のモアイをそっくりそのまま複写して作ったとか、或いはマナを込めてないとか。

 それにしてもモアイが来たり、自由の女神が来たり、マーライオンが来たり、東京に居ると結構色々な物が見られる。しかも現地で見るより間近で見れたりするから皮肉である。

 とは言え、こうした御当地キャラ(?)はやはりそれらを作った地元の文化や風景の中でこそ輝く物。いずれ現地へ見に行きたい物である。

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印度カリー80周年

 新宿中村屋の『印度カリー』と言えば、日本で最初の印度人による本格インドカレーとして、その劇的な誕生エピソードと共に有名だが、今年が誕生80周年だそうで、病院の帰りにたまたま店の前を通ったら『80周年記念800円の日』をやっていた。普段1400円だからかなりお得だ。

 これは喰い逃せない機会である。しかしその時の私は別の店で千円以下で満腹になれる激安ランチを食ったばかりで満腹だった。看板に偽り無しである(T_T)。しかも良く考えたら今朝は朝飯にカレーを食って来たのである。朝からカレーかよと言われそうだが、夕べのカレーの残りだからしょうがない…ってか、又食ったらカレー3連チャンじゃん(T▽T)!!

 食べ過ぎは体にも良くないし、ここは食い意地張らずに帰ろうかと思ったのだが、良く見ると張り紙の隅に次の一文が書かれていた。

「本日の売り上げは全て新潟県中越沖地震の被災者に寄付されます。」

中村屋の印度カリーを作ったシェフはインド独立の闘士だったとか。苦しむ同朋の為に身を削る自己犠牲の精神がこのカリーの日にも生きていると言う事か。

 となると今このカリーを喰うか否かは私自身の自己犠牲の精神が問われる重大な選択と言う事になる。満腹の今こそ人としての生き様が試されていると言える。私は例え焼き肉食い放題の後だろうがカレー4連チャンになろうが、このカリーだけは喰わねばならぬと心に決めたのである。


 と言う訳で久々に中村屋のカリーを食った。スパイシーだが単に刺激的では無く深みを感じさせる味わいに本格を感じる。印度人による本格印度カレーの店が増えた昨今では辛さは意外と穏やかな印象だが、これは80年前の日本人の舌に合わせた結果だろうか。シェフのアイデンティティを優先させずに食べる人の好みに合わせる。こんな所にもシェフの生き様が表れているようである。(単なる商売優先じゃん…って言う人はそう言う生き様をしてる人です!(←断言))


 その後家へ帰って夕飯にしたのだが、結局夕べのカレーが残っていたのでそれで済ませてしまい、見事カレー4連チャンとなったのだった。

 1日寝かせたカレーがまた旨いのさ。

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盆に神を感じる

 世間的には盆休み初日の土曜日。勤め先に盆休みが無い私にとっては普段と何も変わらない週末。いつものごとくゆるゆるとブランチを貪っていた私が、知人の土産のワカメ味噌を飯に乗せて頬張った次の瞬間、突如口の中に激しい衝撃と雷鳴のごとき異音が響いた(>Д<;)!米に紛れ込んだ小石にしては余りにもデカく、且つ異常に硬い感触。その上形状もかなり奇怪だ。まさか味噌の中のワカメに混じって半島から流れ着いた医療廃棄物が入っていたのでは!?得体の知れない不安を感じながら恐る恐る取り出して見ると、それは私の古い虫歯から外れた金属の詰め物だった…(T_T)

 この瞬間、私にとって普段と何ら変わらなかった土曜日が盆休み初日としての意味を持った。そう、歯医者が連休に突入してしまうのである( ̄□ ̄;)!!

 前回歯の詰め物が外れたのはゴールデンウィークの事だった。その前には正月に外れた事もある。何故か歯医者が連休の時に限って良く外れる。どちらも餅は食っていなかったのに…って事はともかく今度は盆である。ここまで重なると単なる偶然とは思えない。やはりこの世には神が居るのだろうか…(神ちいせー!!(〒O〒))

 神の事は無視して冷静に現状を見つめ直すと、今はまだかろうじて土曜の午前中である。もしかするとまだやっている歯医者が有るかも知れない。そう思って近場の歯医者に電話を掛けたら今日までやっているとの事。フッ…神よ、今回は私の勝ちだったな(←?)

 すんでのところで食の楽しみを一週間奪われずに済み、嬉々として歯医者へ向かった私だったが、真夏の正午の日差しはアスファルトで固められた住宅街の路地を灼熱地獄に変えていた。殆どソドムかゴモラである(※人によって感じ方には差が有ります)。私の勝ち名乗りに神が怒っているのだろうか?(←だから神ちいせーって(T_T)。)

 その時目の前に、子供の頃に良く遊んだ氏神神社の小さな杜が現れた。杜の中は少し涼しいかも知れない。若干遠回りになるが境内を抜けて行く事にした。

 かつては目の前に水田が広がる里山だった杜だが、今や水田は全て住宅地になり、杜の一部までもが切り開かれて住宅地になっている。昔と変わらぬ参道の石段も、右側には杜が残っているが、左側は3メートル隔てて平行に住宅が並んでおり、神聖な雰囲気は薄い。

Jinja


 しかしその石段に一歩足を踏み入れると、一瞬にしてひんやりとした空気に体が包まれた。陽炎が立つアスファルトからは一歩離れただけである。雰囲気で石段と書いてしまったが実際には古びたコンクリートの階段で、今まで歩いていたアスファルトの道路と見た目は大差無い。しかし体にはその境界が明らかに感じられるのである。

 これが緑の力かと改めて感心した私だったが、その日の午後に行った市営の緑地公園は、中に美術館(これが目的)やスポーツ施設を持ち、杜としては先程の神社より遥かに広大にもかかわらず、中に入っても大して涼しいと感じなかったのである。あの神社の涼しさと驚く程はっきりした周囲との境界は、単なる杜では無い神域の力を表した物だったのだろうか?

 何か盆に浮かれる人間に神々が自分の存在を誇示しようとしているかのような不思議な週末であった(←だから神ちいせーってば!(T▽T;)。

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50円の差って…

 病院の庭に某外資系コーヒーショップのチェーン店が出来て、驚く程大繁盛している。

 その理由は通常このチェーンの店には無いある特別な設備から知る事が出来る。それは病院の薬剤部のコンピューターに直結し、薬が出来た引き換え番号をリアルタイムで表示する大型ディスプレイである。そう、この店の繁盛の理由は診察が終わってから薬が出るまで1時間以上、下手すると2時間近く掛かると言う待ち時間の長さなのである(T_T)。

 先日私が診察を終わった時も250人待ちだったので、取り敢えずその店でコーヒーを飲む事にした。久し振りの夏らしい暑い日だったので、アイスコーヒーを大きめのトールサイズで頼んだのだが、店員の間違いでショートサイズが出て来てしまった。

 間違いに気付いた店員は慌ててトールサイズのカップを取り出し、先に作ったショートサイズのコーヒーを移し替えたのだが…驚いた事に殆ど満杯である(@o@)。

 店員はそこへほんの一瞬コーヒーを注いだが、かさが増えたかどうか肉眼では判別出来ない(TДT;)。続けて氷が2個投げ込まれると、正に溢れんばかりのトールサイズコーヒーが完成してしまったのである。

 二度とトールサイズは頼むまいと固く誓った夏の日であった…

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完快

 退院したものの肝炎が治った訳ではなかった…と言うのは以前に書いた通りである。なので退院後も食事制限は続いていたのだが、この食事制限が『脂肪』と『蛋白質』が駄目と言う物だから結構困った。だって大概の物には入ってるでしょー脂肪と蛋白質って(T_T)。

「つまり菜食主義じゃないの?」

と、言われるかも知れないがチッチッチである。動物性・植物性を問わないから豆腐や納豆なんかも駄目なのである。更に調味料も脂肪や蛋白質が入った物は駄目と言うのだから、一般に『料理』と呼ばれる物は大半駄目と言って良い。菓子類も殆ど全滅だろう。ちなみに蛋白・脂肪は入っていないが酒は当然駄目である。

 ・・・と、言うのが原則だが、現実には全く食えない訳ではなく、少しなら食べても大丈夫とは言われていた。医師曰く、

「まぁ、病院食と同じ位で。」

確かに病院食でも肉や魚が出てはいた。写真はある日の夕食である。やけに大きなパセリの横にちょこんと一つ置かれた鳥の唐揚げが、何だかクヌギの巨木の梢に佇むトトロのようで可愛らしい・・・・・てか唐揚げ小せー(T∧T)!!

Byohinsyoku_2

 ちなみにこの日は検査の為に朝食と昼食が抜きだったので、これが唯一の食事だった…(T_T)


 そんな制限も体調の回復と共に緩和されて来たのだが、ついに全快となり食事制限も全面解除となった。と、言う訳で診察後は焼肉屋へ直行して一人快気祝いである(←当然でしょ?)。平日の昼間で周りはサービスランチを掻き込むサラリーマンばかりと言う中で一人生ビールとカルビを頬張り至福の時を味わったのだったー(T▽T)!

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 カルビと共に改めて健康の有り難さを噛み締めた瞬間であった。

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フレッシュマン

 五月と言えば新社会人達がそれぞれの職場で活躍し始める、若い活力に満ちた爽やかな季節であるが、大学病院に入院している患者には受難の季節でもある(T_T)。

 そう、我々患者は将来の日本の医療を担うべく高い志を持ちつつも腕を磨くのはこれからと言う若き新人医師達にその身を差し出す宿命を背負っているのである(TOT)。

 勿論どんな名医にも新人時代は有る訳で、大学病院の教育機関としての機能に理解を示さずにその高度医療の恩恵だけを受けようとするのは患者として少々はしたないと思う。従って一回の採血で両腕に合計5個の止血綿が並ぼうとも、検査の予約が何件も重複していても、不要なはずの検査の予約が入っていても、注射器に入っている薬の量がいつもベテラン看護師さんが打つ量の半分以下だったりしても、決して怒らずいつも静かに笑っている…って訳には行かないっつーの(-_-#)!!

 はっきり言って患者としては自分が受けている治療を良く理解するよう努め、おかしな点が有ったらはっきり問い質す心構えは必須である。命を預けている医師の機嫌を損ねないかと言う患者にとって至極デリケートな不安は有るのだが、礼儀をわきまえる事と媚びる事は別である。言うべき事をちゃんと言えるのが本当の信頼関係なのは言うまでも無い。

 これは勿論相手が新人医師でなくても同じである。医師も看護師も患者には笑顔で接してくれててもその仕事は明らかに過酷で、ミスが起ってもおかしくないと言う気になる。医師を信頼して任すと言えば聞こえは良いが、医療ミスが有ってから医師の責任を追及しても受けた被害は元に戻らないのである。

 かと言って良く考えずにむやみに騒ぎ立てても単なる迷惑な人になってしまい、医師達の負担を増やすだけなので注意が必要だが(←自戒(-_-;))。

 ちなみに私を担当してくれた新人医師も未熟でミスも有った。しかし仕事は真面目でこちらの疑問や要望にはきちんと調べて誠実に答えてくれ、入院当初は目に見えてぎこちなかった手際も退院する頃には大分危うげなくなって来た。こう言う姿を見ると患者が色々言うのも多少は彼等の成長の糧になってるのかなと思えて来る。

 なので退院の時には自分も日本の医療の将来にささやかな貢献をしたと言う満足感を抱きつつ(笑)、少し頼もしくなった彼女の将来を確信しながら病院を後にしたのだった。

(その後、退院時に彼女から貰った予約票に従って診察を受けに行ったら「予約が入ってません。」と言われてえらく待たされてしまったが…まぁ今回は勘弁しといてやろう…(-_-メ;))

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久々の入院

 去年は職場の異動を契機に生活環境が変わると共に忙しい状態が続き、慢性的に疲れが取れず今年になってからは風邪をこじらせて会社を休む事もしばしばだったのだが、遂にと言うか入院してしまった。

 症状は急性肝炎で「劇症肝炎の可能性も有る重症だ」と言われ、診察を受けた翌々日、ベッドが空き次第の緊急入院だった。

 入院したのは良いが原因を特定しないと治療は出来ないと言う訳で、立て続けに様々な検査を行った。胸と腹のレントゲン撮影に始まって、心電図(何故?)、肝生検(腹の表面から肝臓まで筒状の針を刺し、その中に肝臓の組織サンプルを取り込んで採取し行う検査。地質調査で行うボーリング調査みたいだ。)、エコー、CTスキャン、MRI、内視鏡、そして度重なる血液検査・・・・・そして治療らしい治療を全く受けずにベッドでのたうつ日々を10日以上過ごした後、遂に検査結果が出揃った。その結果とは

「原因不明」

だった。そして原因が解らない以上薬などは処方出来ないと言う訳で、医師から告げられた治療方針は

「安静にして自然に治るのを待つ」

だった。何じゃそりゃー!!(←優作風)

更に

「安静にしてるだけなら病院に居ても家に居ても一緒だから退院にしましょう。」

と言われて退院し自宅療養になったのだった・・・だから何じゃそりゃー(T△T)!!

 結局どう言う事かと言うと、症状から診て何らかのウィルスが原因の可能性が高いそうなのだが、ウィルスを特定する抗体検査は一回の検査で一種類のウィルスに対する一致/不一致の判定しか出来ない為、原因のウィルスを特定するためには候補を変えながら一致するまで延々検査を繰り返さなければならず、数多有るウィルスをしらみ潰しに調べるのは現実的には不可能で、代表的な数種類のウィルスに的を絞った検査しか出来ないと言う事情が有るそうである。更に風邪などのありふれたウィルスが原因の場合も有り、抗体検査で反応が出てもそれが肝炎を引き起こしているのか単にウィルスに感染しているだけなのか判らないと言う問題も有るとか。組織サンプルを調べてウィルスを発見出来れば特定出来るが、肝生検で採取したサンプルは極めて微量なので見付からない事が多いそうである(そもそも肝生検の目的がウィルスの特定では無いのでそれは仕方無いのだが)。

 逆に言うと検査の対象にならない様なウィルスは深刻な症状を起こす物では無いと言う事なので、原因不明はむしろ喜ぶべき結果と言えるそうなのだが・・・

 私の場合は骨髄移植の副作用であるGVHD(移植片対宿主病:移植された骨髄で作られた白血球が患者の体を他人とみなして攻撃する症状)が有り、これが原因だったらかなり深刻な事態だったので、速やかに入院させてくれた事自体には決して文句を言うつもりは無いし、原因を特定する為に、また今回の様にそれが出来ない場合は予測される深刻な病状で無い事を確認する為にあらゆる検査を行うのも、頭では当然だと思うのだが、しかし約二週間の入院で15万円もの費用(自己負担分)を掛けた挙句に「自然に治るのを待て」と言われるのは・・・やっぱがっくり来るよなー(T_T)。

 ある意味現代医学の限界を見た貴重な経験であった(のか?)。

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簡単過ぎるのでは?

 連休中に都内を車で走っていた時の事。ふと隣の車線を並走する車を見ると運転手が片手でケータイをピコピコやりながら運転していた。並走していた時間は約15分だったが、その間ずっとケータイの画面を見っぱなしで、、飲酒運転もそうだが罰則が出来てもこう言う輩は居なくならないものである。追突される方はたまった物では無い。

 こうした問題を考える時何時も思うのが、「車の運転を簡単にし過ぎてるんじゃ無いのか」と言う事である。はっきり言ってマニュアル車だったら片手でシフトノブを操作しなければいけないのでケータイなどいじっていられないのである。

 老人がスーパーの駐車場で車を暴走させて自分の妻を轢き、更にその体に乗り上げ引き摺りながら暴走を続け多くの死傷者を出した惨事が有ったが、この時運転手はアクセルとブレーキを間違えて、車を止めるつもりで必死でアクセルを踏み続けていたそうである。これもマニュアル車だったら基本的にはブレーキと一緒にクラッチを踏むので、間違えてアクセルを踏み続けても車の動力は切れており暴走を続ける事は無い。急ブレーキの際はクラッチを踏まない事も有るが、その場合でもギアが自動でシフトアップしないので少なくとも暴走の速度は上がらなかっただろうし、何かにぶつかればエンストして止まったかも知れない。

 兵器などの場合、原理的にはボタン一つで発射できる物でも事故や安易な発射を防ぐ為に何重もの手順を踏むように設計されている。危険な物は大抵そうである。車だって操作を誤れば非常に危険な物なのに、片手片足のワン・アクションで操れてしまうのは、商売優先で安易に便利さを追い求めている様に思えてならない。

 オートマになる事で手足に多少の障害が有る人でも運転出来るとか危険な場所でエンストをしなくなったとか良い面も有るのだが、それは生かしながらも健常の運転手用には例えばヨーロッパに有るセミ・マニュアルの様な機構を取り入れて、敢えて運転手が操作に専念しなければならない仕組みを作る事も必要だと思うのだがどうだろうか。

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ノンシュガー

 『カフェラッテ ノンシュガー』と言うのを買った。カフェラッテの他のシリーズは乳飲料だが、これだけは種別がコーヒーになっていたのにちょっと惹かれたのである。

 飲んでみると全く甘くない。ノンシュガーとは言っても他の人工甘味料が使われているのではと思っていたので、これは嬉しい誤算だった。砂糖抜きでミルク入りと言うのは案外無いので良いかもと思っていると、後味に微妙な違和感を感じた。

「なんか…しょっぱい様な気がするが…」

コーヒーをしょっぱく感じたのは抗がん剤の副作用で味覚が狂っていた時以来である。まさか塩が入ってる訳でもあるまいし、また自分の味覚がおかしくなったかと不安に駆られながら容器の側面を見ると、原材料名に『食塩』と書かれていたのだった……( ̄○ ̄;)!

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