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2007年10月

北近畿・山陰の旅13 大江山鬼モニュメントを観る

 帰り道、天橋立の近くに有る大江山へ寄って行く事にする。

 ここには一昨年、当ブログでも紹介した成田亨作の鬼モニュメントが有る。

 成田亨についてはその時に詳しく解説したので省略するが、このモニュメントは彼の晩年の大作で、ブルデル直系の血筋を感じさせる躍動感と重量感が見事な作品である。また、三体の鬼の動きと台座のフォルムが全て呼応し合って生み出される美しさは、抽象彫刻で頭角を現した成田の形に対する感性の鋭さを感じさせる物だ・・・が、幾らなんでも台座が高過ぎでしょ(T_T)!?

 聞いた所によると、この手のモニュメントを作る場合、決められた高さが無いと国からの補助金が貰えない為、当初の計画より台座を高くしたんだとか。ダムや道路と同じいい加減な仕組みが芸術までも歪めているとは情けない。

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 大江山からの帰り道、林の中に・・・鬼が!!(トトロじゃねーってば(怒)!!)

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 こう見えるのはこの位置からだけで、近付くとバラバラになってしまう。誰かが狙って作った物では無さそうだ。

 もしかしたら大江山の鬼の怨念の表れなのかも知れない・・・・・(見た目可愛い過ぎだけどな(T▽T;))


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北近畿・山陰の旅11 モディリアーニと妻ジャンヌの物語展を観る

 島根県立美術館の前を通ったら『モディリアーニと妻ジャンヌの物語展』の看板が。これは暫く前まで東京でやっていた展覧会である。その時はもの凄く混んでいると聞いて行くのを躊躇している内に終わってしまったと言うモディリアーニ・ファンにはあるまじき失態を犯してしまったのだが、それが今この島根に巡回して来ているのである。これは神の仕組んだ運命としか思えない。観るしかあるまい。

 島根と言えば鳥取の次位に人口が少ない県である。しかも今日は平日。混むはずが無い…と、思いながら行ってみると・・・ガラガラだった(T▽T)!!東京でモディリアーニ展をやったら絶対に有り得ない状況である。

 ジャンヌの絵を見るのは今回が初めてだったのだが、モディリアーニの影響を強く受けながらも自分のフォルムを探求している真摯な姿勢が感じられ好感を持った。ちなみに二人の絵を見比べると、ジャンヌは基本から画家なのに対して、モディリアーニは基本が彫刻家なのだと言う事を改めて感じた。主題以外の背景まで含めた『画面構成』を行っているジャンヌに対して、モディリアーニは主題以外の物を描かない。主題の構造がそのまま画面構成を決定しているのである。これは彫刻的なセンスとしか言いようが無い。

 こんなにじっくりとモディリアーニの作品と向き合ったのは初めてである。旅に出て良かった(T▽T)。

 ちなみにこの美術館の所蔵作品には小泉八雲の息子の絵が有った。さすが島根県立である。

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北近畿・山陰の旅10 石見銀山へ行く

 暫く前に世界遺産に指定された石見銀山へ行く。

 それまで毒薬の名前としか思われていなかった石見銀山だが(←?)、世界遺産になって以来、突然の観光ラッシュに沸いているとか。この事はとりもなおさず石見銀山が本来特に面白くも風光明媚でも無かった事を表している(←断言!(^_^;))。

 実際行ってみると、広大な山の中に廃坑や廃工場と言った史跡がポツリポツリと点在していて、周るのに時間が掛かる上にそらぞれの史跡が極めて地味と言う、まぁ世界遺産で無きゃ観光客なんて来ないわなぁ…と思える所だった。

 ただ私は歩くのは好きなので、綺麗な山の景色と澄んだ空気の中を歩いてるだけで結構楽しく、廃墟を見るのも嫌いじゃ無いので、定番の廃坑や廃工場以外にも廃寺(かどうか分からんがそうとしか見えない(^^;))を幾つも巡ったりして、結局まる一日楽しんでしまった。そう言う趣味の人にはお勧め出来るかも知れない(笑)。

 ちなみにそれでも全部の史跡の半分位しか回れていない。全部を周ろうと思ったら二日必要である。これは言うまでも無く史跡が多いのでは無く点在する範囲が広いのである。人が少ない時なら車で回る事も出来る様だが、正直言ってこの山の自然や集落、廃寺を含めた全体で石見銀山だと思うので、史跡だけを飛び飛びで見ても印象には残らないと思う。

 では、幾つかの史跡を写真で紹介してみよう。

 まずは唯一一般公開されている龍源寺間歩(まぶ)。間歩とは坑道の事である。通路部分はそこそこの広さが有るが、実際に採掘を行っていた側洞は人が立っては入れない狭さだ。作業の過酷さが偲ばれる。

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 ちなみに公開されてない坑道ってどんなんかなーと思ってたら、山の斜面のあちこちに小さな坑道跡が。龍源寺間歩での側洞が直接山の斜面に掘られてる様な物で、狭くて高さが無い。公開されても入れないっす(^_^;)。

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 かつての精錬所。出来れば中も見たい。

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 寂れた古刹の石段。景色が心地良い。

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 傾いちゃってる多分廃寺。壊れた石灯籠も悲しい。

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 古い町並みも保存されている。ただし住人は離れてしまった所が多いとか(T_T)。

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 立派なお屋敷も有る。

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 みんな傾いてるけど何が有ったのか・・・

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 やっぱ世界遺産カレンダーに載るのは難しそうだな(^_^;)。


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北近畿・山陰の旅9 足立美術館へ行く

 中海から少々山間に入った所に有る足立美術館へ行く。

 ここは地元の実業家の足立全康と言う人が建てた私設美術館で、横山大観を中心とする日本画のコレクションで知られるが、それ以上にここを有名にしているのはアメリカの日本庭園専門誌で5年連続日本一に選ばれたと言う日本庭園である。

 アメリカの日本庭園専門誌にどれ程の権威が有るのか・・・ってか、そもそもそんな物が有って、あまつさえ日本国内の庭園をランク付けしている事に驚くが、考えて見ればアメリカは言わずと知れた変態の国。本来日本以上にオタク性の高い国民性を持っている。何が有っても驚くには値しないだろう。まぁ、お手並み拝見と行こうか(←?)。

 回りに殆ど何も無い山間に足立美術館は有る。もの凄く広い駐車場に平日だと言うのに結構な数の車が泊まっている。観光バスも多い。僻地(←失礼)に有る私設美術館としては随分な人気だ。

 評判の枯山水庭園を観る。うーむ…広い。どこからが借景の山なのか分からなくなりそうである。そして派手だ。なるほどアメリカ人に好まれる訳である・・・なんて言うと偏見だが、いわゆる侘び寂び感は余り無く、豪華で若干大味な印象だ。作りや手入れが大雑把な訳でも無いのに大味に感じるのはやはりその広さ故か。ヨーロッパの庭園の様に人工的・幾何学的に構成された庭は、自然に対抗して存在感を示す物なので大きい事は魅力なのだが、自然を象徴的に模す枯山水庭園は、広大な自然を抽象化して狭い空間に凝縮した宇宙観みたいな物が魅力なので、ここの様に実際の自然を思わせるスケールで作ってしまうと、象徴性や凝縮感が失われて散漫な印象を与えるのではないかと感じる。ちなみに背景の崖に滝が落ちていて、何か不自然だなと思ったらやはり人工の滝だった。ここの枯山水の中心には滝を模した縦長の大岩が据えられており、全体で山河を表現しているのだが、その背後に本物の滝を作るって発想はどうなんだろうか?

 単に景色としては美しいかどうかは別にして、色々な意味で違和感が拭えないのだった。

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 入り口近くに有る苔庭。落ち着いた色合いと造形で、これは結構好きだ。

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室内を通して庭を見せる『生の額絵』と称する仕掛け。「庭も一幅の絵画」と言う設立者の思いの表現だ。

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 館内に入って展示を観る。評判通り横山大観のコレクションが充実しているが…個人的には余り好みじゃなかったりする(T_T)。

 風景画の美とは対象となる風景自体が持つフォルムの美と、作者の内面から生み出されるフォルムの美を融合させつつ再構成した物だと思うが、横山画伯の描くフォルムは余りにも漫然と記号化された感じで、元の風景が持って居たで有ろう情感は全く感じられないし、自身の内面のフォルムを突き詰めた深みも感じられない。むしろ安易な思い付きで描かれた企画物の様に見える絵が多かった。

 とは言え世間的に評価が高い作品「雨霽る(あめはる)」とか「紅葉(こうよう)」とかはそれなりに味が有って良いとは思う。まぁ、良い作品も悪い作品も有るのが作家だが、単純に良し悪しと言う以前に絵に対する姿勢みたいな物に疑問を感じる作品が有る事が好きになれないのであった。

 次に企画展『競演-文展の画家たち-』を観る。

 文展とは後に帝展となり現在は日展となっている、日本のアカデミックな公募展の頂点である。ここのコレクションは日本画のみの様で、川合玉堂や伊藤深水、鏑木清方等が並ぶ。

 ここで印象に残ったのが西村五雲の「凍夜(とうや)」と言う作品である。雪原で月に向かって立つ一匹の犬を描いた淡彩の水墨画(だったと思う)だが、明治35年制作にしては極めて近代的で洗練された力強いデッサンで、背後から見た犬の睾丸や肛門まで写実的に描写する躊躇無いリアリズムと、その一方で陰影に沈む顔のディテール等は大胆に省略し、全体としてフォトリアリスティックな中に象徴的な情感を生み出す画風はアメリカの巨匠アンドリュー・ワイエスを思わせる物だ。しかしこの絵が描かれたのはワイエスが生まれる15年も前である。これは凄いと思う。だから足立美術館さん、この絵を図録に載せるか絵葉書を作るかして下さい。よろしくお願いしますm(_ _)m。

 その他は橋本関雪の「夏夕」とか山本春挙の「瑞祥」なんかが個人的には良かった。

 それにしても入館料2,200円は高過ぎである。メセナじゃ無いのかよ・・・(vv;)

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北近畿・山陰の旅8. 大山~皆生温泉へ行く

 三佛寺を出て西へ走り続けると、大山のドライブコースに入る。鮮やかな緑の林間コースは平日と言う事も有ってか車も少なく気持ち良く走れる。出来れば紅葉の季節に来たいが、その頃は混むんだろうなーやっぱり…(vv;)。

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 ただ天気は悪く時折小雨もぱらつく有様で、大山自体は雲間から僅かに輪郭をを望める程度だった。小泉八雲も心酔していたと言う大山を楽しみにしていたのに残念だ、三佛寺に居た頃は快晴だったのに、やはり山の天気は分からない物である。

 夜に再び海岸沿いへ出る。米子と境港の間にある皆生(かいけ)温泉で一泊する。

 山陰の海岸線を走っていると、とにかく海水浴場が多いのに驚かされる。地形的に砂浜が多い様で、その象徴が鳥取砂丘と言う印象だ。

 皆生温泉も温泉街の裏手は砂浜になっており、米子や松江に近い事も有るのか、巨大旅館が林立するリゾート温泉地の様相を呈している。昨晩の三朝温泉とは完全に対照的である。

 絶壁の様にそびえる近代的高層旅館群の間を縫って予約した旅館に着く。和風の名前から期待していたのとは裏腹にここも巨大なコンクリートの箱で、少々失望する。

 とりあえず駐車場に車を停めてフロントへ行こうとすると…入口が分からん(-o-;)。ざっと見回しても壁ばかりでガラス面が無いのである。

 建物の側面に回り込むと、壁面の一角が木の壁になっている所を見付けた。近付くとどうやら自動ドアの様だ。「様だ」と言うのはそれが平坦で何の装飾も無い単なる木の壁で、それ自体にも周囲にも窓や看板に類する物が見当たらないからである。こんな分かり難い入口の旅館が有るだろうか?

 半信半疑のままその木の壁の前に立つと、案の定壁がスライドして開いた。巨大な木の壁が突如動き出す様は、何だかファンタジー映画で秘密の扉が開く瞬間みたいで、ちょっとわくわくする(笑)。窓が無い為、開くドアの隙間から漏れ出る光条の眩しさは正に闇を射るがごとくで、これがまたファンタジックである(笑×2)。

 一瞬目を眩ます光の中からきらびやかなロビーの光景が忽然と浮かび上がった。入り口の地味さとは裏腹にロビーは豪華で広い。畳百畳近くは有るだろうか?正確には分からんがとにかく広い。…否、「分からん」と言うのは正しくない。正しくは「数えなければ分からん」である。そう、ここのロビーは何と全面畳敷きだったのである。外観とは裏腹にムチャクチャ和風狙ってるじゃん!!

 …ってか和風でもロビーは畳敷かないよな普通…

 チェックインを済ませて仲居さんの案内で部屋へ行く。驚いた事にロビーだけでは無く廊下やエレベーターの中まで畳敷きである。その代わり館内にはスリッパが無く素足で歩く様になっている。考えてみれば特に湯上がりなんかにスリッパを履くのは余り気持ちの良い物では無い。温泉旅館らしい粋な造りと言えよう。そう考えると入り口の扉も敢えてギリギリまで中を見せずに客を驚かせようと言う遊び心の様に思えて来る。気取った豪華さとはちょっと違う洒落た贅沢を感じさせる面白い宿だ。

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 とか感心している内に部屋へ着いた。中へ入ると・・・洋室だった(-o-;)!!

「ここまで畳敷きで来といて何故!?」

と、仲居さんに問うと、澄ました顔で

「これがビジネスのお客さんなんかには結構好評なんですよ。」

と、言われた。なる程。米子なんかに近いと言う事はビジネス客を当て込んだシングルルームが有ってもおかしく無い訳だ。このシングルの広さは水回りを除けば四畳半程度である。これで和室じゃ侘びしい安アパートみたいになってしまう。洋室にするしか無いか…(-_-;)。

 でもこれはこれで、風呂帰りに畳敷きの廊下を歩いて来て部屋に入ると、別な意味で侘びしく感じるのだった(T_T)。ユニットバス要らないからせめて団地サイズ八畳位の和室に出来ない物だろうか…

 一人だと案外洋室の方が過ごし易い面も有るのだが・・・でも粋じゃ無いでしょそれじゃ?(→旅館の人)

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北近畿・山陰の旅7. 投入堂へ行く

 三朝温泉の近くに、三徳山三佛寺と言う役行者によって開かれたと伝わる山岳信仰の寺が有る。その奥の院は断崖絶壁の途中に建っているそうで、どうやってそんな所に建てられたか分からない事から、役行者が念力で地上に有った堂を投げ込んだと言う伝説が生まれ、付いた名前が『投入堂(なげいれどう)』である。これは見たい。

 しかし投入堂へ行く道は古来からの行者道のみで、その道のりは半端じゃ無くハードだとか。日本中の寺を巡った作家の五木寛之は「中でもナンバーワンと言える程ハード」と語り、多くの仏像を撮った写真家の土門拳は「投入堂は素晴らしいが二度と行きたくない」と語ったと言う。実際滑落事故が多く、死者も出ているらしい。

 なんて聞くと物凄く危険な所の様だが、本当に危険ならそもそも観光客を受け入れる訳が無いので、その辺は話半分に聞く。

 寺に着くと入山前に靴をチェックされる。滑り易い靴だと入山を断られるのである。そして入山記録簿に名前と入山時間、そして家族の連絡先を書かされる。言う迄も無く事故に会った時の為である。ちょっとシリアスな気分になって来た(^_^;)。

 入山して暫くは普通の小路が有るが、急な斜面にぶつかった所で途切れる。一瞬どう行けば良いのか戸惑うが、直ぐに斜面から突き出た何本もの木の根が梯子の様になっているのに気付く。これを登れと言う事か?…って、考えるまでも無く他に道は無い…ってか、道はもう無い。これは道じゃない(^_^;)。

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 その後も木の根や幹、岩に掴まりながらよじ登って行く難所が次々現れる。足場を探して悩む事もしばしばである。決まった足場は必ずしも無いので、前の人達の足跡も斜面のあちこちに分散してたりする。中には滑った様な跡も…(^_^;)。自分の目を信じて進むしか無い。やがて自分の背丈以上も有る大岩が立ち並ぶ地帯に入る。これまたどう登るか悩むが、目を凝らすと岩の所々に足場に丁度良い微妙な窪みが有る。安全の為に寺の方でさり気なく作ったのだろうか?

 と思って下山後に寺の人に訊ねると、そんな事はしていないと言う。長い年月参拝者に踏まれ続けてそうなったのでしょうとの事。岩が歴史を語っている訳か。

 しかし両手を使って登ると言う行為は案外新鮮だ。普段のハイキングやトレッキングでは間近に見ても触れる事は殆ど無い木や岩の感触を確かめながら登る事で、自然の中に居る事をより強く実感出来る。山岳信仰の精神の基礎を体験している様な気がした。

 とか思ってると何か建物が見えて来る。

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 投入堂までの中程に有る文殊堂である。これも結構凄い所に建っている。先へ行くには画面左に見える鎖を伝って岩を登るしか無い。登ったら今度は平均台を歩く様に岩の背を伝って行かなくてはならない。それ自体は難しくは無いが、両側が絶壁なので転けたら命に関わりそうだ。

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 文殊堂の中へは入れないが、靴を脱いで濡れ縁に上がる事が出来る。ここがなかなかの展望スポットなのだが、同時によく観光客を立ち入らせるなと思う程危なっかしい所である。写真では分かり難いが、この濡れ縁は人がすれ違うのも難しい程狭く、且つ縁へ向かって微妙に下り傾斜しているのである。最初から傾斜していた訳でも無いだろうから…なんて考えると益々怖い(^_^;)。

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 せっかくなのでちょっと座って休む事にした。ところが座る瞬間に予期せぬ恐怖心に襲われてビビッた。普段は余り意識しないが、座ると言うのは体の安定を意図的に崩す行為で、しかも体が落下する感覚を伴う。それが崖から落ちる恐怖心を呼び起こすらしい。

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 更に行くと似たような堂がもう一つ。地蔵堂である。少し標高が高いので景色が微妙に違う。

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 今度は鐘。大岩が無造作に積み上がった上に建てられており、鐘の所までよじ登るのも一苦労だが、登っても鐘を突く為に立つ足場が全く無いのが凄い。結局鐘楼の梁に腰掛けて突いた(一応記念に(^ ^;))。

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 大岩地帯が続く。さっきは平均台だったが今度は殆ど綱渡りである。

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 そこを越えて急斜面を登るとようやく平らな道へ出る。

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 納経堂と

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 観音堂。ここで行き止まりの様だが…

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 岩窟にめり込む様に建てられた観音堂の裏手を通って背後の岩壁の向こう側へ回ると…

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 投入堂だーo(T▽T)o!!

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 うーむ、確かに凄い所に建っている。しかも基礎が作られておらず、ただ岩に乗っているだけである。念力かどうかはともかく、建てたと言うよりそこにポンと置かれた感じだ。良く何百年も残った物である。柱の下端は斜面の起伏に合わせて一本一本長さが調整されており、投入堂自体は水平を保たれている。山を出来るだけ傷付けず、建物を山の形に合わせたと言う事か。言うのは簡単だが技術的には簡単では無かったと思われる。信仰心のなせる技だろうか?

 しかし投入堂はそんな技術的な無理を全く感じさせない優美な佇まいをしている。そこが単なる建築的美しさを超えた、有る種の神々しさを感じさせるようである。

 ちなみに本当の難所はここから投入堂までである。見ての通り本当に崖を登る事になり、普段は立ち入り禁止になっている。正直ここ迄の道のりはしんどいとは言えちょっとしたフィールドアスレチックス程度の物で、五木寛之や土門拳が泣き言を漏らす程とは思えなかった。多分彼らは投入堂まで行ったのであろう。私の様な一般人はここで引き返す事になる。

 帰りは行きによじ登って来た道をまんま引き返す事になる。これは行き以上にしんどいかと思ったが、実は上から見た方が足場を見付け易く、思いの外楽に帰れたのだった。

 結構体を酷使した様に思ったが、意外に疲れは無かった。距離的には麓から投入堂までは700m位しか無いらしい。ハードな様で実は大概の人が挑戦出来るレベルに収まっている、なかなか絶妙なコースの様だ。

 その絶妙さは恐らく、偶然に出来た物でも、あざとく作られた物でも無く、過去数百年間にこの道を通った数多の人達の足跡が積み重なった結果その物であろう。歴史の重みを実感したのだった。

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北近畿・山陰の旅6. 三朝温泉に行く

 それまで辿って来た海岸線を少し離れ、山間部に有る三朝(みささ)温泉で一泊する。

 三朝温泉は世界有数のラドン含有量を誇るそうで、街にはラジウム発見者であるキュリー夫人の銅像が建っている。うーん・・・強引だ(笑)。

 ここの名物は河原風呂と言う、その名の通り河原から湯が湧き出している所に湯船を作った露天風呂である。周りをよしずで囲っただけの素朴なたたずまいからは秘湯の雰囲気も漂うが、直ぐ横に幹線道路である大きな橋が架かっており、そこを通る人から丸見えなので全然秘では無い。つーか、ここまで公道に近いと幾ら温泉と言えども公然わいせつ罪になりそうな気がするが・・・

 温泉街はその河を挟んで両側に有り、一方は大きな鉄筋コンクリートの旅館群で、もう一方が小さな湯宿や商店が並ぶひなびた温泉街になっている。私が泊まったのはひなびた温泉街の方で、静かな街並みが結構落ち着く感じで良いのだが、通りの目立つ所に巨大でやたらケバいストリップ小屋の看板がそびえているのがそれらを台無しにしている。今時こんなのも珍しいと思うが・・・基本的に裸に大らかな土地柄の様だ(←?)。

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 泊まった宿は地下室に浴室が有る変わった造りだった。ここは地下の浅い所から温泉が湧き出しており、地下室の湯船の底が正にその湧き出し口に当たるそうで、自然に湧き出す湯がそのまま溜まるようになっているのである。100年以上前に作られた物がほぼそのままの形で残っているのだそうで、実にユニークである。こう言う物に出会えるのが旅の楽しさである(…と、城崎温泉を思い出しながら考える…)。

 この日は素泊まりだったので外へ食べに出た。宿の人に薦められた店へ行く。

 そこは和食も洋食も中華も出す店なので、宿の人的には取り合えず誰にでも無難に薦められる店との事だった。美味いから薦めてるんじゃ無いのね(vv;)。まぁ、ファミレスでも無いのに和洋中何でも出すって時点で味に拘りが有るとは思えない訳だが、とは言え小さな街で余り選択肢も無い。定休日の店とかも有って、結局そこへ行く事になった。

 所がこの店が結構美味かった。和食のコースを頼んだのだが、様々な食材を工夫を凝らして丁寧に料理しており、美味いだけでは無く驚きや楽しさも有る本格的な物だ。とてもラーメンやオムライスも出す店の料理とは思えない。

 と、思いながら壁を見ると、この店を紹介した新聞の切り抜きが貼ってあった。それによるとここは地元以外にもファンを持つちょっと有名な店らしい。元々先代の店主が始めた料亭で、現在店を継いでいる二代目がアメリカで料理の修行した経験を生かしてメニューを増やしたとある。アメリカで料理の修業とは珍しい。

 無論アメリカの大都市には世界の一流店が出店しているが、それはアメリカの食文化では無い。修行するなら本家のヨーロッパとかへ行きたいと思うのが普通の様な気がするが・・・

と、店主に聞いてしまった(^^;)。

 すると店主は照れ臭そうに、アメリカへ行ったのは大学に留学する為で、多少向こうのレストランで働いた事は有るが、本格的な修行をしたのは日本でだと言った。新聞はネタとして面白いのでアメリカの話をクローズアップしたのでしょうとの事。なるほど納得だが…確かにちょっとつまらん(^^;)。

 と、言いつつ店のお薦めはカリフォルニア・ロールだったりする。売りにしてるじゃん・・・(T▽T;)

 ちなみにメニューに節操が無いように見えるのは、他にそれらを出す店が無いので地元の人達からリクエストされ、それに応えた結果なのだとか。本来の和食はきっちり押さえながらも色んな料理に挑戦する姿勢は日本とアメリカで修行した店主らしいフロンティア・スピリットの表れかも知れない。

 帰りに地酒を買う。三朝には日本酒の古酒にこだわる酒蔵が有る。古酒にしては珍しい辛口で、古酒らしい香ばしさは豊かでありながら後味がすっきりしているのが珍しい(←お察しの通りかなり試飲してます(^^;))。古酒は好きなのだが一般的に甘過ぎて、日本酒なのに日本料理との相性がイマイチと感じる事も有ったのだが、これは良さそうだ。ちなみに京都の伏見にはこれをソフトクリームにかけて出してる酒蔵が有った。これは中々絶妙で感心した。

 明日はちょっと冒険しようと思っている。

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北近畿・山陰の旅5. 鳥取砂丘へ行く

 日本最大の大砂丘・鳥取砂丘へ来た。実際に見るとなんだかんだ言ってやはりでかい。起伏も激しくて、当初海岸まで行くつもりだったのだが、海岸へ下る斜面が余りに急で、下りるのは元より登るのが嫌になってやめてしまった。

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 だが急斜面にむしろ挑戦したくなる人もいる。

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 前日まで雨の日が続いていたせいか、砂丘の中を川が流れている。

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 そこに産卵するとんぼの姿が。いつまでこの水が有るのか心配だ。

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 ちなみに砂丘に行くならやはり朝である。気温の関係で陸から海に向かって強風が吹く朝だけに見られる風紋こそ砂丘の醍醐味である。

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 強風の為に自分の足跡が見る見る内に消えて行く。

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 海岸へ下る絶壁の縁は風が渦巻いて特に激しく吹き荒れている。

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↓風の激しさを動画でチェック!(再生にはWindows Media Playerとかが必要です)
「sakyu_19.AVI」をダウンロード

 しかし駱駝は余計である。でかいと言っても砂漠とは明らかに違うのだから逆に興ざめしてしまう・・・(vv;)

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北近畿・山陰の旅4. 余部橋梁を見る

 城崎温泉から海沿いの国道を西へ向かうと巨大な鉄橋が見えて来る。トレッスル式と言うやぐら状に鋼材を組み上げた形式の鉄橋としては日本最大と言う余部橋梁である。私は鉄では無いが、迫力に押されて車を止めて見物してしまった。

 こんな所を列車が走るのは怖いと直感的に思う高さと細さ。過去には脱線・転覆事故で列車が落下し、直下に有った工場の従業員を含めた多数の死者が出たそうで、鉄橋の傍には慰霊碑が建っている。この直下に建物が有る事自体よそ者には驚きである。この事故に付いては運行規定を無視して強風時に列車を運行させた人為的ミスとされるが、一つのミスで大惨事に繋がる設備やシステムは、それ自体に問題が無いか考える必要は有ると思う。建替え計画が進んでいると聞くが当然だろうと思った。

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 景色としては魅力的だが、それは危うさが醸し出す危険な魅力を含んでいると思われて素直に楽しめないのだった。

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