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2007年9月

北近畿・山陰の旅3. 城崎温泉に行く

 骨休めの旅と言えばやはり温泉である。

 人里離れた隠れ家的な宿で、涌き湯の音が岩に染み入るのを聞きながらゆったり体の疲れをほぐす…と言うのは何と言っても最高だが、一方で少し賑やかな温泉街と言うのも独特の非日常を醸し出していて楽しい物である。

 と言う訳で、北近畿と山陰の境に有り、風情有る温泉街として知られる城崎温泉へ立ち寄る事にした。

 城崎温泉は古い石作りの水路の両岸に沿って湯宿が連なる古びた雰囲気の温泉街である。柳並木に挟まれた水路にはやはり石作りの橋が並び、浴衣姿の観光客が軽やかな下駄の音を響かせながら街中に点在する個性的な7つの外湯巡りを楽しむと言う、中々情緒が有りそうな所である。

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 しかし夕方から一泊の泊まり客にとって、7カ所の外湯巡りは実はかなりハードである。外湯は温泉街の端から端まで点在しているので、全部回ると数キロ歩く事になり、ちょっとしたオリエンテーリングである。宿の仲居さんは最初からこっちが7カ所巡る前提で宿に着く早々テキパキとスケジューリングをしてくれたのだが、一カ所10~15分の滞在時間が前提になっている。これはのんびりする為の温泉と言う世間の常識に対する挑戦だと言っても過言ではない。

 仲居さんには悪いが、数には拘らず自分のペースで回る事にする。

 実際に街へ出ると、景色は評判通りの風情有る物だが思いの他車の往来が多いのには参った。古い街並み故の狭い小路で、歩道と車道の区別が無い所を車が殆どひっきりなしに通るので落ち着いて歩けないのである。一部の大通りには歩道が有るのだが、これも狭い。浴衣での散策を売りにするなら人と車が干渉し合わない工夫をして欲しい。

 また、7つの外湯がいずれも最近出来たかリニューアルされたかで、非常に綺麗な反面、内外装が余りにモダンだったり無国籍だったり・・・要は東京近郊に乱立している日帰り温泉施設と変わらないのにはがっかりした。新しくするにしても何か街の風情や伝統と呼応したデザインを考えて欲しい。古代ギリシャ風のエンタシスが並ぶ風呂なんて、ここに来る客が求めているとは思えないのだが(vv;)。

 更に言うとここの外湯は全てジェットバスを備えているが、7つも有る外湯全部が備える必要が有るのだろうか?ここで一番小さな外湯は大人4人しか入れないこじんまりした湯船しか備えていないのに、そこにまで2人分のジェットバスが噴出している。湯巡りしてる客もいい加減飽きたのか、皆ジェットバスを避けて湯船の端っこに固まっていたのが切ない光景だった。

 また、温泉にも塩素消毒が義務付けられて以来、ジェットバスの周囲は揮発した塩素の臭いが特にきついのも個人的には好まない理由である。

 好みの湯が有ったらそこに落ち着こうと思いながら巡っていたのだが、結局どこもイマイチで全部回ってしまった(vv;)。宿に戻ると仲居さんが、

「良かったら内湯にも入って下さいよ。うちはここの温泉街では少ない源泉掛け流しですから。」

と言った。外湯が名物の城崎温泉では内湯に力を入れてる宿は少ないと言う事らしい。

 結局この内湯が一番ひなびた風情が有り、のんびり浸かれて良かったのだった・・・

(しかしこの仲居さん、私が宿に着いた時に内湯の事を尋ねたら、「え!?内湯入るんですか?」みたいな事を言ってたのだが・・・皆さんも城崎温泉に行く事が有ったら仲居さんの反応は気にせず内湯もチェックする事をお勧めします。)

 余談だが外湯巡りをしている時に手拭いを腰に巻いて浴室に入って来た男性がいた。テレビの旅番組などでは良く見る光景だが、実際に風呂で使う手拭いは腰に巻ける程長くは無い物である。しかもその男性は相当な肥満体で、それこそどう考えても手拭いを腰に巻けるとは思えない。

 不思議に思っているとその男性が後ろを向いた。すると尻が丸出しである。良く見ると何とその男性は弛んだ下腹の肉ひだの間に手拭いを挟み、エプロンの様にぶら下げていたのである(T▽T;)!!

 何だか凄い物を見た様な気がした・・・

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北近畿・山陰の旅2. 天橋立へ行く2

 翌日は展望台から天橋立を眺めるつもりだったのだが、宿が天橋立入り口の目と鼻の先だった事から、まずは地元の人よろしく天橋立を散歩してみようと思い立つ。

 実際に歩くとこれが普通に気持ち良かった。両側波打ち際の松林である天橋立はマイナスイオンとα波ミュージックが溢れている感じで、癒し効果満点である。日本三景の特別な趣が皆無な事はともかく、骨休めの旅には良い物だった。

 で、それでまったりした気分になったら、有ろう事か展望台の事をころっと忘れて出発してしまった(歳だ…(T_T))。

 直後に気付いて引き返すべきか一瞬悩んだその時、道路脇に

『日本一のパノラマ展望所』

なる看板が現れたので、反射的にそちらへステアリングを切った。

 細い林道を暫く登って着いた所は山上に立つ『成合寺』と言う古刹だった。一瞬展望台とは別の所へ来てしまったかと思ったが、寺の中にもでっかく『日本一のパノラマ展望所』の立て札が立っているので間違い無いようだ。

 まずは境内を散策してみる。結構古い寺で趣が有る。本堂には左甚五郎作と言う木彫りの龍も飾られていて興味深く見る。

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 ところが御守り売り場に『必勝祈願守り』なる物が売られていて、横に貼られた説明書き(これまたでかい(^ ^;))を見ると、

「受験、麻雀、競輪、競馬、ギャンブル等あらゆる勝負事に効果が有る御守りです」

などと書かれている。・・・それって仏教的にはどうなのよ(- -;)?

 この御守りは剣に龍が絡みついたデザインで、不動明王が持つ『倶利伽藍剣(くりからけん)』をモデルにしたものと思われる。この剣は「人間の煩悩を打ち滅ぼして修行成就を助ける剣」だとか「迷い(煩悩)を取り除いて人を守護する剣」等と解説される。これが必勝の御守りと言うのは、勝負に勝つ為には欲を捨てよと言うもっともらしい理由なのだろうか?しかし欲を捨てて競馬に勝ってどうしろと言うのか分からん。もしかして欲にまみれたギャンブラー達に本当の目的を偽って売り付けて、本人の知らぬ間に煩悩を取り除いてしまおうと言う大乗的救済計画か?(人類補完計画なみに余計なお世話である。)

 ・・・な訳ねーか。左甚五郎作の龍にも、その龍自体と同じ位でかい『左甚五郎作~』と言う顕示欲丸出しの看板を掲げてる寺だし、基本的になまぐさっぽい。

 正直言って『日本一の展望所』と言う看板を見た時から違和感を感じていたのだが、それが証明された感じである。

 まぁ、それはともかくその日本一のパノラマ展望所へ登ってみた。

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 本来の展望ポイントとは違うが一応天橋立を見られたので先へ進む事とする。

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北近畿・山陰の旅1. 天橋立に行く

 遅い夏休みが取れた。昨年度の夏休みは今年の1月だったので(夏休みと言う言葉が適切かどうかはもはやどうでも良い問題である(-_-;))、今年二度目の夏休みとなる。なんか得した気がするが…無論錯覚である(T_T)。

 と言う訳で骨休めの旅に出た。これまで行った事が無い山陰方面を車で周ってみる。初日は舞鶴経由で日本三景の一つ『天橋立』に立ち寄る。

 日本三景の中でも特に雄大と言われる天橋立だが、実際に目にすると…只の松林である(T_T)。

 弓なりになった湾の海岸線をショートカットするバイパス道の様に真っ直ぐ伸びる全長3.3キロメートルの松林に覆われた細長い砂州が天橋立である。その雄大さ故に近くから見るとその独特の景観は分からず単なる対岸の松林にしか見えないのである。

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 そもそも天橋立は近くの山にある展望台から眺めるのが古来からの作法だそうで、『天橋立』とは砂州だけでは無くこの展望台も含めた総称だとか。とは言え、まさか近くで見てこれ程凡庸な物だとは思わなかった(-_-;)。

 時は既に日暮れで展望台に登るには遅いと思われた。近くから見てつまらないならいっそ中へ入ってしまえと言う訳で、天橋立に上陸する事にする。

 足を踏み入れた天橋立は…やはり只の松林である(T_T)。松林の中央を遊歩道が走っていて、地元の人がジョギングをしている。岸辺では釣りをしている人も…って、どこにでも有る普通の公園の風景じゃん!!良く見ると小学生のマラソン大会がこの遊歩道で行われる旨を告知するポスターが貼られている。地元の人にとっては本当に只の公園の様だ。それが悪い訳では無いが…日本三景と謳われるだけの趣が全く無いのは、わざわざ見に来た者には切ない(〒_〒)。

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 今回唯一の救いは美しい夕日が見られた事。この日はずっと小雨がぱらつく曇天で観光には不向きな日だったが、美しい夕日が見られるのはむしろそんな日である。それまで厚く垂れ込めていた雲が夕暮れ時に突然晴れ始める、そんな偶然に恵まれた時だけに見る事が出来る美しい夕日を天橋立から眺められたのは良い思い出になった。

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 良く見ると雲の下の方が天橋立みたいな形になっているのが素敵な偶然(*^_^*)。

 明日は展望台へ行ってみよう。

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機動戦士な企業戦士

 朝、駅のホームで初老のビジネスマン風の男性の姿が目に止まった。厳しさを湛えた西村晃似の顔立ちと背筋を伸ばした凛とした立ち姿からは、滲み出る貫禄が感じられた。

 だが、私の目が行ったのはその髪型だった。いわゆる進行したM型脱毛で、正面から見ると頭頂部と左右側頭部、そして額の上部に離れ小島のように髪の毛が残っていた。頭頂部と左右側頭部の髪は綺麗に後方へ撫で付けられ、頭のてっぺんと左右にこんもりした盛り上がりを形作っていた。

 そして額上部の離れ小島の髪も後ろへ撫で付けられていたのだが…少しでも髪のボリューム感を出す為の苦肉の策なのか(その意図が成功しているとは言い難いが)、なんと二股に分けてV字型に整えられていたのである(@o@)!こうして出来上がった全体の髪型は…

「こ、これは……ガンダム(T▽T;)!?」
 これは正真正銘の実話である(←念のため)。

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東京でモアイを見る

 日本とチリの修交120周年と言う事で、丸の内にイースター島からモアイ像がやって来た。

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 いかにも真新しく見えるのはこのモアイが現在の島民の手によって最近作られた物だからである。イースター島の島民は侵略や病気によって一度滅びかけており、モアイに関する文化も失われている。このモアイは考古学者の最新の研究に基づいて島民有志が作り方から再現した物だそうである。会場での解説には『島民によってマナ(霊力)を込める儀式を受けた本物の石像』とある。『本物の石像』である事を疑う人は居ないと思うが(^^;)。

 よもや客から「これはハリボテだ!」とか「電磁石で地面に貼り着けてる!」とか「椎名桔平に似てる!(←?)」とか言われる事を心配しているとも思えないし、もしや『本物のモアイ』と書こうとして躊躇し言葉を濁したのでは?なんて勘ぐってしまう。

 何をもって本物と言うかは色々考え方が有ろうが、島民のアイデンティティが込められた6トンの石の巨体は見る者にドラマチックな感動を与えるのは確かだ。オリジナルでは無いが本物とでも言うべきか。

 それにしても私が子供の頃は世界7不思議の一つとか言われ、子供向けの図鑑に宇宙人が作ったなんて説がまことしやかに紹介されていたモアイだが、最近の研究成果に従ってトボケた目を嵌め込まれた姿は、もはやどう見ても宇宙人には見えない(^_^;)。また一つ世界から神秘が失われて行く…

 何にしても子供の頃からの憧れだったモアイを生で見られたのは感慨深い物が有った。イースター島は日本から見て殆ど地球の反対側である。たとえ現代に作られた物でもモアイを実際に見る機会など滅多に無いのだから。

 …なんて思ってたら、実は宮城県にチリから送られたモアイ像が有るとか(それも一つじゃ無いらしい)。イースター島の石を使ってイースター島の職人が作ったそうなので、これも本物と言う事になるのか・・・と思ったら、地元ではレプリカと言われてる様だ。これは謙虚さからそう言ってるのか、それとも本物を名乗れない理由が有るのか?例えば特定のモアイをそっくりそのまま複写して作ったとか、或いはマナを込めてないとか。

 それにしてもモアイが来たり、自由の女神が来たり、マーライオンが来たり、東京に居ると結構色々な物が見られる。しかも現地で見るより間近で見れたりするから皮肉である。

 とは言え、こうした御当地キャラ(?)はやはりそれらを作った地元の文化や風景の中でこそ輝く物。いずれ現地へ見に行きたい物である。

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印度カリー80周年

 新宿中村屋の『印度カリー』と言えば、日本で最初の印度人による本格インドカレーとして、その劇的な誕生エピソードと共に有名だが、今年が誕生80周年だそうで、病院の帰りにたまたま店の前を通ったら『80周年記念800円の日』をやっていた。普段1400円だからかなりお得だ。

 これは喰い逃せない機会である。しかしその時の私は別の店で千円以下で満腹になれる激安ランチを食ったばかりで満腹だった。看板に偽り無しである(T_T)。しかも良く考えたら今朝は朝飯にカレーを食って来たのである。朝からカレーかよと言われそうだが、夕べのカレーの残りだからしょうがない…ってか、又食ったらカレー3連チャンじゃん(T▽T)!!

 食べ過ぎは体にも良くないし、ここは食い意地張らずに帰ろうかと思ったのだが、良く見ると張り紙の隅に次の一文が書かれていた。

「本日の売り上げは全て新潟県中越沖地震の被災者に寄付されます。」

中村屋の印度カリーを作ったシェフはインド独立の闘士だったとか。苦しむ同朋の為に身を削る自己犠牲の精神がこのカリーの日にも生きていると言う事か。

 となると今このカリーを喰うか否かは私自身の自己犠牲の精神が問われる重大な選択と言う事になる。満腹の今こそ人としての生き様が試されていると言える。私は例え焼き肉食い放題の後だろうがカレー4連チャンになろうが、このカリーだけは喰わねばならぬと心に決めたのである。


 と言う訳で久々に中村屋のカリーを食った。スパイシーだが単に刺激的では無く深みを感じさせる味わいに本格を感じる。印度人による本格印度カレーの店が増えた昨今では辛さは意外と穏やかな印象だが、これは80年前の日本人の舌に合わせた結果だろうか。シェフのアイデンティティを優先させずに食べる人の好みに合わせる。こんな所にもシェフの生き様が表れているようである。(単なる商売優先じゃん…って言う人はそう言う生き様をしてる人です!(←断言))


 その後家へ帰って夕飯にしたのだが、結局夕べのカレーが残っていたのでそれで済ませてしまい、見事カレー4連チャンとなったのだった。

 1日寝かせたカレーがまた旨いのさ。

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