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2007年2月

冬の京都3 ハナタレを呑む

 1日目その3。

 宿に着いたが夕飯まで時間が有ったので京都駅ビルを観に行った。様々な要素が統一感無く組み合わされた外観デザインは余り美しいとは思えなかったが、その分ビル自体の自己主張が強く無く、巨大さから来る威圧感を減少させているのは周りの景観に対する配慮かとも思わせる。

 雑然とした印象を与える外観とは対照的に、内部の空間は調和が取れて美しい。壮観なのは中央ホールの左右の端がそのまま上り斜面へと変化し、10階の屋上までアトリウム内を一直線に伸びて行く大胆な構造だ。線路側と道路側に作られたビルにサンドイッチにされる様に斜面状のビルが作られているのである。西側斜面の幅いっぱいには階段が作られており、屋上まで上れる様になっている。途中の踊り場には休憩スペースやカフェが作られ、山の斜面の様な景観を形作っている。階段の横を通るエスカレーターはケーブルカーかリフトの様だ。ほぼ一直線に伸びる斜面だが、上の方で微妙にカーブし、景観に変化を与えると共に屋上を見え難くしている所は細かい演出だ。その演出に誘われてエスカレーターで屋上に上ってみると、市内を一望出来る展望広場になっていた。既に日は落ちており、ライトアップされた寺や塔が昼間以上にはっきりとその存在を浮き上がらせているのが印象的だ。(写真は屋上から中央ホールを見下ろした物だがちょっと分かり難いかな(^_^;)。クリックで拡大ウィンドウが開きます。)

Ekibil

 一つ下のフロアへ降りてみる。飲食店街の片隅に秘密の通路みたいな物を見付けて入って見ると、空中回廊と呼ばれる遊歩道へ出た。アトリウムのガラス張りの天井を支える鉄骨の構造材に紛れる様に高所を行き来する遊歩道で、分かれ道も有ってビルのあちこちと繋がっている。途中には展望スペースが有り、ここからも京都の夜景が楽しめる。街の喧騒が余り聞こえて来ず静かに景色を楽しめる場所で、こんな所が駅ビルの中に目立たぬ様に作られていると言うのは中々粋だ。そのまま空中回廊を横断してアトリウムの反対側斜面の最上階へ出ると、そこはまた違った雰囲気の広場になっていた。迷路の様なビルである。観光客よりむしろ地元の人達が長く楽しめる様に考えられたビルなのだろう。

 宿に戻って食事にする。京都は飲食店も沢山有るので宿に食事を頼まず外へ食べに行っても良かったのだが、京の冬は寒いと聞いていたので夜は部屋でぬくぬくとする事を選んでしまった。料理は湯葉と豆腐を中心にした物で中々良い。昼間動き回った分、飯を何杯もおかわりしてしまう。飯が幾らでも食える所は宿の食事の嬉しい所である。

 で、腹ごしらえが済んだ所で呑みに行く事にする(爆)。

 歩いていて見付けた店の一つに入ってみる。「京の地酒と京のおばんざい」と言う観光客心をストレートに狙った看板にあっさり捕まってしまった(笑)。

 ふろふき大根とか茄子の田楽とか素朴な料理に京都の地酒が合って満腹だったはずなのに進む進む。旅に出ると別腹が活発に活動しだすようだ。その内京都の地酒以外の酒にも目が行く。「はなたれ」と言う飲み物とは思えない名前の酒が目に止まる。店員さんに聞くと、焼酎の蒸留器から最初に垂れて来る「出端(ではな)」の雫と言う意味だそうで、希少品らしい。早速頼んでみる(←当然!)。今回頼んだのは黒糖焼酎のはなたれである。

 アルコール度数が45度前後と高いはなたれは氷点下でも凍らずとろりとした状態になり、それを飲むのが美味いとされるそうである。冷凍庫から出されたはなたれは確かにシロップの様にとろりとしている。口元に近付けると接着剤か何かの様な匂いがする。焼酎と言うよりスピリッツ類の様だ。味も濃厚でかなりの珍味である。微かに黒糖の甘みが感じられ、癖の強い味をまろやかに感じさせる。面白い物を呑んだ。

 初日から胃が飛ばし過ぎてる事に気付き、その辺で切り上げて宿へ戻ったのだった。


<つづく!>

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冬の京都2 東寺へ行く

 1日目続き。

 東寺は九条通と大宮通の交差する位置に有り、通を往来する車の騒音は結構うるさいのだが、境内に入ると外の騒音は意外な程感じられなくなり、何だか清浄な場所へ来た気分になると共に、ようやく旅気分が沸いてくる。他の寺社でもそうだが、塀一枚で隔てられたとは思えない程内部の空間は穏やかな静けさが保たれている様に感じる。多分に気分的な物だろうが、平坦で広い敷地に樹木と木造建築が点在する寺社では街中と比べて音が反響し難いのかも知れない。

 東寺と言えば有名なのが国宝の五重塔で、京都の観光ポスター等に頻繁に登場するのだが、私の記憶の中では逆光気味に黒いシルエットを浮かび上がらせる様な写真ばかりが印象に残っていて、色や細かいディテールを見た覚えが無い。今回ついに日が当たる正面から観る事が出来たのだが・・・やっぱり真っ黒だった(T▽T)。塗装が殆ど退色して塔全体がくすんだ色になっているのである。もしやと思って鞄からガイドブックを取り出して良く見ると、今まで逆光だとばかり思っていた写真が実は真っ向順光である事が分かったのだった(- -;)。

Tohji_goju_no_toh_1


 今京都では「冬の旅キャンペーン」と称して普段非公開の文化財を特別公開しており、東寺では五重塔の内部が公開されている。入ると中は8畳程の狭い空間で、四体の仏像がそれぞれ心柱を背にして四方を向く形で安置されていた。出口近くでは観光ガイドさんが参詣者を集めて解説を行っていたが、その集団には入らず入り口近くに有る仏像に近付いて眺めると、正直あまり出来が良くない。

「特別拝観料を取ってこの程度か。」

と不敬な事を考えていると、解説をしていたガイドさんが私が観ている仏像を指し示して

「あちらが○○○と言って、病気を治して下さる仏様です。」

と言ったので慌てて手を合わせた。

 東寺でもう一つ有名なのは立体曼荼羅と呼ばれる曼荼羅の形に仏像を並べた物である。21体の仏像が規則的に並んだ様子は軍隊の陣形にも似て、仏像が巨大なチェスの駒の様だ。他教から取り込まれた明王系の仏などには結構異形の物も多く、顔も怖いので(笑)一見悪の怪人軍団の様で見ていて楽しめる(^^;)。中でも気になったのは大威徳明王と言う仏で、一見阿修羅などと同じ三面六臂の姿に見えるのだが、良く見ると足も六本有るのが珍しい(目立たないが顔も実は六個有る)。仏師も普通の尻から足を六本生やすのに苦労した様で、太股の先から足が分岐する様に生えている。うーん・・・歩き難そうだ(笑)

 しかし並んだ仏像を比べて見ると、何故か如来や菩薩と言った善人面の仏像(失敬!)より、明王や護法神と言った異形や武人系の仏像の方が出来が良い。きっとそっちの方が仏師も作ってて楽しかったんだろうなぁ(爆)。

 続いてこれも特別公開中の東寺の『観智院』に行く。ここは宮本武蔵が吉岡一門との決闘後に身を潜めていた所だそうで、武蔵直筆と伝わる襖絵が有る。その内の一枚、『鷲の図』は、二羽の鷲が獲物を狙う姿を描いた物だそうだが・・・・・剥落が激しくて何が描いてあるのか分からん(T_T)。それでも特別拝観料を払っているのが悔しくて畳に座ってじーっと見つめていたら、僅かに残った墨の跡が頭の中で繋がってやがて鷲の姿が見えて来た。殆ど脳を鍛えるトレーニングである。一度形が見えて来ると僅かに残った墨から筆の勢いやフォルムのダイナミックさが感じられて来て、何だか良い絵に思えて来た。本当は見えてないのにな(笑)。

 もう一つの『竹林図』の方が保存状態はましだ。題名通り竹が群生している様を描いた物だが、竹の節が異常に膨らんだ形で描かれており、ユーモラスと言うか異様だ。小枝は余り描かれていないが、良く見ると竹の幹の先端から数本の小枝が熊手の様に伸びている。先述の異様に膨らんだ節と相まって、竹全体がまるで骸骨の腕の様だ。斬った敵の恨みと迫り来る追っ手の気配とを感じながら描いた絵なのかと思わせる。

 隣の部屋へ行くと、『五大虚空蔵菩薩像』と言う五体並んだ仏像が安置されていた。妙に現代人的な顔立ちをしており、仏像らく中性的でもある事から何となくジャニーズ系に見える。五人並んでいる所がまたそれっぽい。


 東寺を出て宿へ向かう。途中『梅小路公園』と言う地元の人が集う公園に寄り、沈む瞬間の夕日を眺める。広い原っぱでは凧揚げやボール遊び等、全国何処でも見られそうな情景が広がっていたが、隅の方に尺八の練習をしてる人が居るのが京都っぽい感じで(←観光客的発想))、辺りに響くその音色が夕闇に霞んで行く景色の中に一瞬古都の景色を浮かび上がらせてくれた様な気がした (なんてね(^_^;)ゞ)。


<つづく!>(・・・・・・今回も長いな・・・(-_-;))

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冬の京都1

 最近のニュースによると京都にも雪が降ったとか。一週間前は歩いていると汗ばむ程の暖かさだった事が嘘の様である・・・なんて思いながら今の京都の天気はどうかいなとネットの気象情報サイトを見てみると、画面の端っこに京都のマンションのバナー広告が載っていた。その名も『ネバーランド京都○○東』。・・・うーむ、一体どんなつもりでマンションにそんな名前を付けるのだろうか?よもや大人お断りとは言うまいし(笑)、マイケル・ジャクソンの家みたいに中に遊園地が有るのだろうか?それともオタクの住人の為に全宅にフィギュアの陳列室が付いてるとかテナントにメイド喫茶が入ってるとかするのだろうか?(←それ『ネバーランド』か(^^;)?)もしかしてマイケル・ジャクソンが自宅を『ネバーランド』と言ってるのを聞いて『ネバーランド』をビバリーヒルズみたいな高級住宅地の名前だと勘違いしてないだろうな?

 ・・・って、いきなり脱線してますが、ここから話は突然2週間程遡る・・・

☆~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後、日が傾きかけた頃に京都駅に着いた。最後に京都に来たのはかれこれ十数年前で、新しい駅ビルも見た事が無い。まずは駅ビル見物かなと思いながら新幹線の改札を出ると、駅ビルの巨大なアトリウムは影も形も無く、目の前には地味なモノトーンの低層ビルが地に這い蹲るようにして並んでいた。歪に入り組んだビルの間を抜ける風がやけに痛そうな音を響かせていて駅舎を出るのをためらわせる。典型的な地方都市の駅裏の風景だ。新幹線のホームは京都駅の最南端で、表口に当たる北口の駅ビルからは百メートル程も離れていたのだった。寺が閉まるのは結構早い。駅ビル見物は後回しにして、今居る南口西端から最も近い『東寺』へ向かう事にする。地図を見ると大した距離ではないので歩く事にする。

 私は一人旅の時は少々の距離だと徒歩で移動する事が多い。知らない町を歩くのはそれが有名な観光地であっても路地裏であっても同じように意外な発見が有って面白い物である。有名な景勝地へ行く時は、わざと目的地の一つ手前の駅で降りて歩いたりする。自然の景観が売りの景勝地の場合、そこへ行く途中の道で徐々に景観が変化して行くのが分かって面白かったりする。お陰で沢山の名所を巡る事は出来ないのだが、一箇所一箇所の思い出は深くなると感じている。

 とは言う物の、京都の町は都市化が進んでいるので、徒歩で歩いても古都の情緒は皆無なばかりか車の排ガスや粉塵、騒音で気分が悪くなって来るのが辛い。車を避けて裏道に入っても昔の町並みは殆ど残っておらず、雑然とした現代風の住宅街が広がるばかりである。住んでる人が居る以上は利便性も大切なのは当然だが、京都の寺社が立ち並ぶエリアと言うのはそもそも大して広くは無い。その気になればハイキング気分で歩ける距離に集まっている。寺社を結ぶ経路に町並みの保存地域(再生でも良い。風情を残しながら新しく作った物はそれはそれで良いと思う。)を設定するなどして、煩わしい都市の喧騒から離れて静かに寺巡りが出来たらどんなに良いかと思う。寺社だけが近代都市の中に点在し、京都と言う都市全体のイメージがそれらと乖離する状況は観光都市として好ましい物とは思えない。

 ・・・とか何とか考えながら裏通りを歩いていると、小さな児童公園の看板が目に入った。「ちびっこひろば」と書かれたその看板には、ちびっこを表していると思われるイラスト・・・と言うより記号に近い物が描かれていた。
Chibikko_hiroba_2

 これはグラフィック・デザインとしては中々洗練されていると思うが、しかしその洗練が看板としては無意味で、単に味気無くしている所が悲しい。下の余白の無駄な広さから見ても、元々看板用にデザインされた物では無く、別のデザインからの流用だろうと思われる。

 なんて思うのは私が無粋な東京人だからで、もしかしたらその一見無駄な洗練こそ京の粋なのかも知れないが(←そうか?(^^;))。

 とか思ってる内に『東寺』の参道が見えて来たのだった。

<つづく!!(・・・って、また余計な話ばかり書いてしまった・・・(-_-;))>

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