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高島野十郎展

 三鷹市美術ギャラリーで開催されている高島野十郎展を観て来た。

 後半生、画壇や他の画家と殆ど接触を絶って独特な写実的静物画や風景画を描き続けた高島は美術界からは忘れられた存在…と言うより端から殆ど認知されていない画家であった。

 没後30年を経た今も美術界での評価はさほど変わっていない様だが、その一方で美術関係者以外の一般の人々の間で非常に人気が高まっていると言う。

 帝大(現東大)農学部水産学科を主席で卒業しながら、卒業後即画家へ転身したと言う異色の経歴を持つ高島は、絵の技術は完全に独学で身に付けたそうだが、単身欧米に滞在して古典・近代絵画を詳しく研究する等、独学とは言っても自分なりに目的と道筋を明確にしながら修練を進めて行った事が伺える。この辺り如何にも理系らしい。

同時に絵の具の経年変化やキャンバスの地塗りの耐久性に付いて詳しく研究していたそうで、地塗りしたキャンバスを二つに切って片方を野ざらしにし、室内に保管した物と比較する等と言ったかなり厳密なテストを行っていたそうである。そのお陰で彼の作品は他の画家のそれと比べて非常に耐久性が高く、カビや火災の被害に遭いながらも破損が少なかったと言う逸話も有る。これまた理系らしいエピソードだが、それ以上に作品を長期間残す事に対してこれだけ意識的に拘った画家がいた事に新鮮な驚きを覚えた。彼が一つ一つの作品に強い思い入れを込めながら描いた事が感じられる。

 科学者と芸術家は探求者と言う面では似た存在だと思う。高島の場合仏教に傾倒していた面も有ったそうで、更に求道者的側面が強くなっていたかと思われる。彼の画面の隅々まで精緻に描く写実的静物画や風景画には、全ての物に対する分け隔て無い『慈悲』が込められているのだと言う。全ての物の存在を肯定し有りのまま細密に描く。これは画家の印象や自己主張を排除した極めて客観的な制作姿勢の様だが、「慈悲」と言う感情には物を単なる形や色で捉える客観性とは異なる画家の主観性が有ると思える。結果高島の描く静物や風景は、一見有るがままを正確に描いている様に見えながら、実は画家本人の『見方』や『感じ方』が濃密に描き込まれており、描く対象の内面的本質に迫る、或いはそれを鏡の様にして画家自身の内面を描き出すに至っていると感じる。そこが単なるフォトリアリスティックとは違う魅力、有る意味魔力に近い隠された力となって見る者の心を捉えるのだと感じる。

 高島の生前に彼の個展を見た美術関係者は彼の絵を「古臭い」とか「素人臭い」と切り捨てたそうである。客観的写実の役割を写真に明け渡した近代絵画は画家の作家性を強調し表現を先鋭化させる方向に突き進んでおり、写実的な細密画は存在意義が無いと考えられていた。また、専門的な美術教育を受けていない事のハンデなのか、高島のデッサンや画面構成には甘さが感じられるのも事実である。この時の美術関係者が高島の絵をこうした表面的理由だけから否定したのか、独特の魅力に気付きながら、しかし今の美術界では受け入れられないだろうと言う意味で否定したのかは分からないが、専門家と言うのはえてして業界の潮流におもねる判断を安易に下すのも事実である。

 そんな流れで発展した現代アートは一部の『分かる』人達だけの愛玩物となり、その反動からかアニメ等のサブカルチャーをアートに格上げしてアートの大衆化の拡大(と言うかマーケットの拡大)を計ろうとするかの様な風潮も有る。何がアートでも別に良いし格付けする気も無いのだが、そんな中で高島野十郎の絵に惹かれる大衆が増えている事の意味は考えて欲しい所である。

 高島が晩年に描いた月の絵は、濃い緑の背景に白い丸が微妙な濃淡で描かれた物で、そのシンプルさは一見現代絵画を思わせるのだが、そこには現代絵画の様な気をてらった印象は無い。あくまで写実を突き詰めた末のシンプルさで、そこからは人里離れた土地の真夜中の静謐さが驚く程具体的に感じられる。実はこうしたシンプルな背景の絵や、画面の隅々まで均等に力が入って主題が曖昧な絵は有る意味日本画っぽいと思う。作家が強烈に自己主張せず、描く対象にさり気なく気持ちを込めるのは日本画には多い作風で、アミニズムを母体にする日本人の精神を反映した表現かと思う。その辺も高島の絵が大衆に受ける理由の一つかと思う。

 愚直で心に響く絵。見ていてちょっと泣けた。

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