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2006年3月

南紀・熊野巡礼紀行2.神宮へ行く

 「お伊勢参りに行こうぜベイビィ~♪」

と言う訳で(←何が?)当初予定に無かった伊勢へやって来た。

 伊勢神宮は正式には単に『神宮』と言うそうで、この辺が如何にも元祖と言う感じである。ちなみに行った事が無い人の為に説明すると、神宮には『内宮』と『外宮』の二つの宮が有り、現在では市街地を挟んで3Km程離れた場所に存在している。内宮にはお馴染みの天照大神が、外宮には豊受大神と言う、天照の食事を司る神として他所から連れて来られた衣食住全般の産業の神が祀られている。

 この辺り、実は参拝に訪れる人の中にも知らない人が居るそうで、片方の宮しか見ないで帰ってしまう人がいるらしい。しかもJR伊勢駅から近いのが外宮なので、外宮だけ見て天照大神を詣でたと思い込み、そのまま一生終えてしまう人も居るとか(^^;)。

 かく言う私も二つの宮が有る事は知っていたのだが、祭られている神の種類までは知らずにいた。その為丁度9年前の今頃に一度伊勢へ来た際に、時間の都合で片方しか見られないとなった時、友人(ホモの恋人では無い。前振りの関係上念の為(笑)。)からの

「内宮は地味で面白くないらしい。外宮の方が見栄えがするそうだ。」

と言う信仰とは全く無縁のアドバイスに従って外宮だけ見て帰った経験が有る。私は余り神頼みはしない主義で、神宮でも単純に古建築等を見物するだけで賽銭の一円も入れずに帰る人間だからそれでも良いのだが、多少なりとも天照大神のご利益を授かりたい人は注意が必要であろう。

 まぁそれは良いとして、ともかく私は9年前に外宮へは行っているので今回は内宮へ行ってみた。ちなみに外宮へ行ってから内宮へ行くのはしきたりに則った正しい作法だそうである。9年も間を空けて良いのかは知らないが。

 外宮に比べて内宮は参道が長いのが特徴で、正殿に行き付く迄に大きな太鼓橋で川を渡ったり、川の畔で身を清める場所が有ったりと、聖地へ赴く気分を盛上げてくれる。ところがいざ正殿に着くと、正殿は硬く閉ざされた4重の塀の内側に隠れていて殆ど見る事が出来ない(内宮は地味…ね…)。まるで誘うだけ誘っておいて最後の最後で拒絶するかの様なこの仕打ちに、思わず「何様のつもりじゃい!(…って神様だけど(-_-;))」と、すっかり騙された気分になる。そのくせ賽銭箱だけはちゃっかり塀の外に置いて参拝者にしっかり金を入れさせてる所がまたずうずうしい感じで、「天照ちゃんって結構性悪女だったんかなー」と、古代のロマンへと心を羽ばたかせてくれる。

 ちなみに内宮はやはり天照を祀ってるからなのだろうが、外宮では余り見かけた覚えの無い正装で賑々しく参拝する人達を数多く見掛けた。否、当然外宮にも居たのだろうが意識しなかったのだと思う。何故なら内宮では大きな声で長々と天照を称える口上を唱えている人が何人も居たからである。私は彼らの真剣な面持ちを横目で眺めながら

「それってあんたにとってリアルなのかい?」

と、心の中で問い掛けていた。

 ちなみに内宮の参道前にはかなり広い門前町が有る。江戸・明治期の町並みを再現した物だそうで、流行りのレトロ・テーマパークの様な感じだがあくまで商店街なので入場料を取ったりはしない。作り物と言えど規模がでかいとある種のリアリティが生じる物でそれなりに楽しい。店に入ると木と炭の香りが入り混じった独特の匂いがし、これが昔両親の実家が茅葺き屋根で炭火を使っていた頃の匂いに似ていて懐かしさを覚えた。

 と言った所で伊勢を後にし、宿へ向かったのだった。

<つづく>

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南紀・四国巡礼紀行1.夜明け前に本格インドカレーを食う

 疲れたので旅に出た。

 …と書くと何やら気ままで良い感じだが、実際は中々取れずにいた夏休みをやっと取ったと言う事だったりする。私の勤め先は決まった夏休みが無い代わりに交代で好きな時に休暇を取るシステムになっており、それは悪く無いのだが個々人の仕事の状況によって休暇を取るタイミングが難しい事も有り、今年はずるずると年度末目前の3月中旬まで来てしまったのである(T_T)。

 そんな状況なので正直めっきり疲れていたりする。それも体のみならず心の疲れが甚だしく(まぁ色々有る訳ですよやっぱ(涙))、今回は疲弊した心の浄化を図るべく南紀・熊野の聖地から死国…いや四国(だって…ねぇ(^^;))の霊場を廻る巡礼の旅を計画してみた。

 …まぁどうせ行くなら東京より多少は暖かいだろう所へ行きたいと言う病人として素朴かつ真っ当な本音もちらほら(涙)。


 今回は辺鄙な所へも行くつもりなので久々に車で出掛ける。ETC深夜割引を受ける為に早朝3時起きして中央高速道路を西へ爆走する。しかし疲れてる所に早起きしたので4時半前に早くもバテる(←年甲斐も無く無茶(T▽T))。サービスエリアに車を停め、こんな時に有って良かったフルフラット・シートで30分程横になりちょっとだけα波出す。

 起きると未だ辺りは真っ暗だったが車は結構集まって来ていた。休憩所に行って見ると軽食コーナーは営業していて、早朝にも関わらず蕎麦やじゃがバターを食ってる家族連れや若い連中が大勢いた。頭をスッキリさせる為に私も何か腹に入れておこうかと辺りを見回すと

『インド人が作る本格インドカレーの店』

なる物が目に留まった。厨房と客に料理を出すカウンターだけの2畳程の小さな店だが、ナンを焼く窯と思しき物が有りちょっと食べてみたくなる。少々気になったのは店の前に展示されたやたら馬鹿デカいパネルで、それは二人のインド人がこの店の工事から始まってカレーを作り窯でナンを焼いて客に出すまでを写真で詳細に紹介した物だったのだが、正直そこまで細かく紹介しなくても…と思える物で、何か単なる宣伝と言うより本当にインド人が作っている事を証明しようとしているかの様で違和感を覚えたのである。その一方で二人のインド人については名前は紹介されている物の料理人としての経歴等は書かれておらず、インド人で有りさえすれば誰でも良いのか?的な疑問も湧く。

 とは言え珍しい物は取り合えず食って見る事にする。店を覗くと誰も居ないので「すいませーん」と声を掛けて見る。すると遠くから「はーい」と返事が帰って来て、遠くで蕎麦やじゃがバターを売っていたおばさんが走って来ると、冷蔵庫からナンを取り出しオーブントースターで焼き始めた。私はこのおばさんをつぶさに観察したが、どう見てもインド人では無かった。パネルが必要な理由が分かった。

 早朝からカレーなんぞ食ってる奴は流石に私以外にいなかったが味は良かった。さすがインド人(…って事なのか?)。辛さもさほど強く無く丁度良いおめざになった。

 白み始めた空に浮かび上がった日本アルプスの天に切り込むように屹立する荘厳なシルエットを見て早くも心が浄化されたかの様な爽やかな気持ちになった私は、調子良く山間を爆走して9時頃には名古屋に達してしまった。実は前日までETC深夜割引を知らなかった私は当初ゆっくり寝て昼前に出発するつもりだったので、この日は特に観光はせず宿に直行するつもりでいたのだが、せっかくなので予定を変更して伊勢神宮へ行ってみる事にした。

<つづく>

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星に願いを

 二十年程前迄は東京近郊でも車でちょっと遠乗りすれば天の川が見える場所が有った物だが、地上の星がめっきり増えた昨今では真に暗い夜空を見られる場所は減り、関東はおろか本州中爆走しても簡単に天の川を見る事は出来なくなってしまった。

 そんな感傷に耽る人が私以外にも多かったのか、セガトイズの家庭用プラネタリウム『ホームスター』が売れてるそうな。家庭用としては初めて高解像度の恒星原版をレンズで拡大投影する業務用と同じ方式を採用した本格派で、直径6cm程のガラス板に微細に刻み込まれた大小様々な1万個の穿孔が朧な天の川の広がりまでを自室の天井に再現してくれる。地球の自転を模した周回運動やランダムに流れ星を流すと言ったこだわりの機能も嬉しい。

 しかし良く出来た製品だけに価格は2万円程もする。所詮星空を精巧に再現するだけの機械にそこまでの金を払う人が多いと言うのは現実の星空がそこまでの郷愁を抱く程に過去の記憶となっている事でもある。最近子供達に『ムシキング』と言うゲームが流行っているのも、子供達にとって昆虫が身近な生き物では無くなっている事の表れと思え、科学の進歩と引き換えに失った物を科学で再現し癒しを得ようとするかつてSFで見た世界がいよいよ身近になって来たなぁ…と、またまた感傷に耽ってしまう(涙)。

 そんな訳で私もホームスターを買って来たのだが(爆)、なる程綺麗です。見上げて瞑想するのにもってこいですな(笑)。

 ただ当たり前だが本物の星空とは別物な訳で、私の様に昔結構星を観に行ってたクチはこう言う物を見てると久々に本物の星を見たいと言う気持ちになって来る。案外これがこの製品の一番の価値かも知れない。

 本物の天の川を知らない子供達もこれを見て本物を観たいと思ってくれると良いのだがどうなんだろうか?まぁ観たいと言われても何処まで行けば観られるのか答えられないのが悲しい所だが(ハワイとか言う訳にもねぇf^_^;))。

 つばめにでも教えて欲しい物である…

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