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ご注文はどっち?

 『どっちの料理ショー』は上手く考えられた番組だと思う。何処が上手いかと言うと料理対決番組で有りながら食べずに勝敗の判定を下すシステムである。

 この番組の前に料理対決番組としてブレークした物に『料理の鉄人』が有る。漫画の世界で『包丁人味平』以来一つのジャンルとして確立している料理対決漫画の形式を実際の料理人が出演するテレビショーに仕立てたこの番組は、料理対決漫画が根底に持つ”スポーツ漫画の変形”と言う本質を上手くアレンジし、虚実ない交ぜの格闘技中継風の構成にする事で視聴者にスポーツを見る時の様な感情移入とカタルシスを与え成功した。

 しかしここにはテレビのメディアとしての限界が有った。それは「味は伝えられない」と言う厳然たる事実だ。スポーツの場合は基本的に目で見て勝敗の判断を付けられるので、テレビの前の視聴者も現場の審査員や解説者と感覚を共有出来る訳だが、料理の場合味が分からなければ勝敗の判断は付けられない。それまでテレビの中の出演者と一体化して勝負の行方を見守っていた視聴者は、審査の段階で完全に置いて行かれる事になる。勝者が何故勝ったのか分からず、「見た感じあっちの方が旨そうだったけどな。」等と最後の最後で割り切れない感情を持ちながら番組が終了してしまうのである。

 その「視聴者と出演者の断絶」と言う問題を解決したのが『どっちの料理ショー』である。「どっちが旨いか?」では無く「どっちを食いたいか?」で勝敗を決める事により視聴者が審査過程を共有出来ると共に、素材や調理法のプレゼンテーションが内容の中心となる為、黙々と料理を作っていただけの『料理の鉄人』よりテレビ受けする内容になった。

 ちなみにテレビと同様に味を伝えられない『料理対決漫画』では当初から食材や調理法に関するうんちくが勝負をドラマチックかつ目で見て分かる物にする手段として使われていた。しかしフィクションである漫画と違い実際の料理人が味を競う対決ではそうした要素はそうそう分かり易い形では表れない。最初からプレゼンテーションで勝負を決める『どっちの料理ショー』の形式で初めてこれが可能になったと言える。

 と言う訳でテレビ番組として良く出来ていた『どっちの料理ショー』だが、最近始まった『有名料理人対決』シリーズはちょっと危ない路線変更の様な気がする。

 この番組のシステムは「味による対決では無い」事を前提に作られている。だから対決する2者が出す料理のメニューは基本的に別々である。最初から同じ土俵での対決では無い事で「不公平な闘い」と言うドラマ性を演出すると共に勝敗の判断基準を味以外の方向へ向けている。また、メニューを別々にするのとは対照的に対決するシェフは同じ料理学校の講師同士とする事で、シェフ自身の腕の差=味の差に注目が行かない様にしている。

 ところが『有名料理人対決』ではこの前提が崩れる。例えば先日の『ラーメン対決』では有名ラーメン店の店主同士がラーメンで勝負をする。ライバル同士が同じ土俵で対決する訳で、こうなると「食べずに勝敗を決める」と言うこの番組のシステムに強烈な違和感が生じてしまうのである。

 しかも今回勝った方の店だけでその勝ったメニューを実際に販売し、敗者のメニューは封印すると言う。これは「視聴者が番組出演者と味の共有が出来ない」と言う番組の前提が崩れる訳で、こうなってしまうと「味で勝ったのでは無い」メニューに何の意味が有るのか?と言う番組に対する根本的な疑問が強烈に湧き上がってしまうのである。

 この『有名料理人対決』は今後も続く様だが、番組の基本からぶれた路線変更は番組の短命化を招く様な気がしてならないのは私だけだろうか?(ま、そんな思い入れが有る訳じゃ無いから良いんですけどね・・・と言いつつまた長文(苦笑)。)

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