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2006年1月

物産…?

 近くのデパートで九州・沖縄の物産展が開かれていたのだが、そこで

『九州・沖縄御当地ハローキティセット』

なる物が売られていた。それって…物産か?その内物産展に『御当地ポッキー』とか『御当地ラガービール』なんてのが並んだりするのだろうか?

 しかしこうした大手企業による企画物土産は本質的にその土地と結び付いた背景を持っていないのだから、その土地でしか手に入らないと言うプレミア性を演出する事でしか土産物としての価値を維持出来ない物である。あちこちの物産展で売るのは商品の価値を失わせる自殺行為だと思うのだがどうだろうか?

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ご注文はどっち?

 『どっちの料理ショー』は上手く考えられた番組だと思う。何処が上手いかと言うと料理対決番組で有りながら食べずに勝敗の判定を下すシステムである。

 この番組の前に料理対決番組としてブレークした物に『料理の鉄人』が有る。漫画の世界で『包丁人味平』以来一つのジャンルとして確立している料理対決漫画の形式を実際の料理人が出演するテレビショーに仕立てたこの番組は、料理対決漫画が根底に持つ”スポーツ漫画の変形”と言う本質を上手くアレンジし、虚実ない交ぜの格闘技中継風の構成にする事で視聴者にスポーツを見る時の様な感情移入とカタルシスを与え成功した。

 しかしここにはテレビのメディアとしての限界が有った。それは「味は伝えられない」と言う厳然たる事実だ。スポーツの場合は基本的に目で見て勝敗の判断を付けられるので、テレビの前の視聴者も現場の審査員や解説者と感覚を共有出来る訳だが、料理の場合味が分からなければ勝敗の判断は付けられない。それまでテレビの中の出演者と一体化して勝負の行方を見守っていた視聴者は、審査の段階で完全に置いて行かれる事になる。勝者が何故勝ったのか分からず、「見た感じあっちの方が旨そうだったけどな。」等と最後の最後で割り切れない感情を持ちながら番組が終了してしまうのである。

 その「視聴者と出演者の断絶」と言う問題を解決したのが『どっちの料理ショー』である。「どっちが旨いか?」では無く「どっちを食いたいか?」で勝敗を決める事により視聴者が審査過程を共有出来ると共に、素材や調理法のプレゼンテーションが内容の中心となる為、黙々と料理を作っていただけの『料理の鉄人』よりテレビ受けする内容になった。

 ちなみにテレビと同様に味を伝えられない『料理対決漫画』では当初から食材や調理法に関するうんちくが勝負をドラマチックかつ目で見て分かる物にする手段として使われていた。しかしフィクションである漫画と違い実際の料理人が味を競う対決ではそうした要素はそうそう分かり易い形では表れない。最初からプレゼンテーションで勝負を決める『どっちの料理ショー』の形式で初めてこれが可能になったと言える。

 と言う訳でテレビ番組として良く出来ていた『どっちの料理ショー』だが、最近始まった『有名料理人対決』シリーズはちょっと危ない路線変更の様な気がする。

 この番組のシステムは「味による対決では無い」事を前提に作られている。だから対決する2者が出す料理のメニューは基本的に別々である。最初から同じ土俵での対決では無い事で「不公平な闘い」と言うドラマ性を演出すると共に勝敗の判断基準を味以外の方向へ向けている。また、メニューを別々にするのとは対照的に対決するシェフは同じ料理学校の講師同士とする事で、シェフ自身の腕の差=味の差に注目が行かない様にしている。

 ところが『有名料理人対決』ではこの前提が崩れる。例えば先日の『ラーメン対決』では有名ラーメン店の店主同士がラーメンで勝負をする。ライバル同士が同じ土俵で対決する訳で、こうなると「食べずに勝敗を決める」と言うこの番組のシステムに強烈な違和感が生じてしまうのである。

 しかも今回勝った方の店だけでその勝ったメニューを実際に販売し、敗者のメニューは封印すると言う。これは「視聴者が番組出演者と味の共有が出来ない」と言う番組の前提が崩れる訳で、こうなってしまうと「味で勝ったのでは無い」メニューに何の意味が有るのか?と言う番組に対する根本的な疑問が強烈に湧き上がってしまうのである。

 この『有名料理人対決』は今後も続く様だが、番組の基本からぶれた路線変更は番組の短命化を招く様な気がしてならないのは私だけだろうか?(ま、そんな思い入れが有る訳じゃ無いから良いんですけどね・・・と言いつつまた長文(苦笑)。)

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飛行機雲

 最近ケータイで撮った写真をバックアップしていたら年末に撮った飛行機雲の写真が目に留まった。

vapor_trail

 ふと見上げたら何本も伸びていて、随分多いなと思いながら眺めているその間にも視界の隅では新しい白い筋がどんどん伸び始めていた。

 飛行機雲は上空の大気の状態などで出来たり出来なかったり、直ぐ消えたり何時までも残ったりする物なので、飛行機雲が多いからその日は飛行機が多いと言う訳でも無いのだろうが、大勢の帰省客や旅行者が大移動する姿が連想されて急に年の瀬の実感が湧いて来たのだった。

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年明けたな・・・

 何か今年も・・・否、去年も(^^;)バタバタしている内に終わってしまった感じですな。毎年こんな事言ってる内に私ももう7歳ですよ・・・ってこれ最近のテレビCMに倣って言ってるんですが、正直移植受けた頃の新鮮な気持ちは何処へやら、すごい早さで年取って今じゃすっかり実年齢以上の中年に落ちぶれてますよ。戌年だけにドッグ・イヤーってやつですか?イヤー参ったねぇ(←ウマイねコリャ (T▽T) )。

 それはともかく今年はちーと心入れ替えてホームページの更新を・・・・・ってな事じゃ無くて(別にしないって訳じゃ無くて)、も少し真剣に生きる事を考えて、世間の皆さんの死の淵を経験した人間に対する過渡にロマンチックな期待に答えてあげちゃうのもそろそろ良いかなー・・・・・じゃなくて、流石にもう時間を大切にしていかないとマズイかと思ったりしてます。7年も生きちゃいましたからねー。想定の範囲には違う可能性も有った訳ですが、日々の暮らしに追いまくられると時間の流れが認識の外に追いやられてしまうんですよね。勿体無いお化けが出ますよ全く。

 ってな訳で、24インチワイドディスプレイにして少し視野が広くなった気がするうぃんすろうでした。今年もよろしくお願いします。

 余談ですが、今日の『クイズ・ミリオネア』をちょっと見てたら小泉孝太郎が出てて一千万円を賭けた最後の問題にチャレンジしてたんですが、その問題が、

「ベートーベン作曲『運命』の出だし”ダダダダーン”は、何の音を表しているか?」

と言う物だったのです。で、

「これってこの前の『世界一受けたい授業』って番組の中で青島広志が”扉を叩く音”って言ってたよなー。」

なんて思いながら見てたのですが・・・・・・良く考えたらその番組に小泉孝太郎も出てたじゃーん\(@o@)/!!

と、驚愕するする私の視線の先で小泉孝太郎は

「完全に勘だけど聞いた瞬間から”扉の音”ってのだけが妙に引っかかるんでこれにします」

とかなんとか言いながら正解して一千万円獲っちゃったんだけど・・・・・・それって一体どーなのよ!?(やっぱ政治家向きなんじゃなーい?(←偏見))

 どっちの番組も録画なのでもしかしたらミリオネアの収録の方が先だったのかも知れんが、新年早々政治不信に陥ってしまったのだった・・・・・(?)

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