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2005年9月

ケータイの未来?

 駅のホームの待合所のベンチに座ったら

「携帯電話での通話は御遠慮下さい」

なる注意書きが貼られていた。ついに車内のみならずホーム迄と言う訳で、この国の国民性からするといずれ公共の場は全て携帯電話禁止なんて事も有り得るかも知れない…

 等と思ってたら先日行ったファミレスには『携帯電話コーナー』なる電話をする為の小さなブースが有って、そこで携帯を使えとなっていた。なる程個人と群れのエゴの妥協点としては如何にも考え付きそうな落し所ではある。今後はこうした形態が増えて行くかも知れん……てかこれって公衆電話と同じじゃーん(T_T)!!大体そのブース自体電話を撤去した電話ボックスをそのまま残してるだけだしねー(T▽T)。

 正直言って公共の場でのやかましさで言ったら電話してる人よりオバ様の団体とかの方が遥かにやかましいと思うので、電話ばかりが槍玉に上げられる事に余り正当性は感じられない。電話する時に声が大きくなる人がいるのは確かだが、それ以上に聞く側の心理として『一人でしゃべっている人間に対する違和感』或いは『会話の一方の声だけが聞こえて来る違和感』が強く働いている様に思える。

 まぁ車内の殆どの人が電話で長話してる状況と言うのはさすが鬱陶しいだろうが、要は『話す方』『聞く方』双方の気配りや節度、慣れの問題だと思う。せっかくの便利な道具なのだから皆で有効に使える様、もちっと大人の解決策が取れれば良いのだが、それが出来ないのは結局社会の成熟度が足りない結果だと思うのである。(まぁ電話と言いつつ殆ど通話は使って無かったりしますが…(笑))

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ロボットコンテスト

 最近しょっちゅうやってる様に感じるロボコンだが、休日の朝に遅く起きたらまたやっていて、つい見てしまった。様々な工夫の凝らされたロボットを見るのは楽しいのだが、最近は対戦相手を妨害する機能ばかりがどんどんエスカレートする傾向に有る様で、これには少々白けている。

 妨害も工夫の一つであるから完全には否定しないが、今回見ているとスタート地点から長い竿を伸ばして競技場の床の上に相手が進めないバリケートを置いてしまうロボットや、皿型のゴールに入った相手のボールを風で吹き飛ばすロボットが何台も有った。はっきり言ってこれは大会の趣旨から外れているのでは無かろうか?

 競技場の床には方眼が描かれていて、本来ロボットはそれをたどってゴールを目指すようになっている。最近はスピードが競われる様になり、方眼を無視してただ真っ直ぐ進むだけのロボットがゴールへ突進するシーンも多く見られるが、これはコケる事も多く工夫の余地が有った。

 しかしスタート地点から竿を伸ばしてしまったらこれはもう確実だしそれ以上何の工夫の余地も無い。しかもゴールを狙うのでは無く床の上のアバウトな範囲にバリケートを投げ出すのである。高度なテクノロジーもテクニックも全く必要が無いではないか。

 皿型のゴールに入った相手のボールを風で吹き飛ばすロボットも同様だ。皿型のゴールと言うのはボールを打ち出す力や回転を工夫しないとボールが上手く入らず、その工夫を競うのが目的である。しかし入ったボールを風で吹き飛ばすのは全く簡単で工夫も何も要らないのである。

 出場校が皆こんな事をやり始めたら大会は殺伐としたつまらない物になり、技術の進歩や蓄積と言う大会の目的とも全く掛け離れた無意味な物になってしまうだろう。

 そんな中で今回優勝した日本の大学のチームは上記の様な妨害機能を持たず、確実で臨機応変な動作が出来る高度な機能を持ったロボットで相手のバリケードを突破して得点を重ね、非常にドラマチックな形で優勝した。これには久し振りに感動した。テレビで見る限り最も高度で完成度の高いロボットに見え、価値有る優勝だと思う。

 これが切っ掛けになって、ロボコンが再び正当な創意工夫が競われる場になれば良いと思う次第である。


 

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アスベスト=石綿

 最近「こんな所にアスベストが使われていた!」と言うニュースが多いが、それを聞く度に疑問に思うのが、

「なぜ石綿と言わずにアスベストと言うのか?」

と言う事である。石綿が日常的に使われていた時代と環境問題になった時期にはタイムラグが有り、石綿がアスベストと呼ばれる様になったのはその間である。その為、特に年配の方は石綿は良く知っているのに石綿とアスベストが同じ物だと知らない場合が有るのである。

 その為アスベスト関連のニュースを見ながら

「何でこんな危ない物が近くに有るのを何十年も気付かないんだろうなぁ。」

なんて言ってる年配者に

「アスベストと言うのは石綿の事ですよ。」

と言うと、

「えぇっ!!そうなの!?石綿ならあそこにも使ってるしここにも使ってるし…」

と、血の気が引く話が聞けたりするのである(- -;)。

 国が本気でアスベストを一掃する気なら『アスベスト』では無く『石綿』と言って情報提供を求めるべきである。それをやらないのはこの期に及んで出来るだけ騒ぎを大きくしたくないと言う無責任な事無かれ主義が働いている様に見えてしまうのだがどうだろうか?

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