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2005年7月

北九州紀行9 再び博多〜帰京

 田川での用事を済ませ、午後は博多に戻る。博多はやはり都会である。日曜と言う事も有り人通りも多く、風景も行き交う人々の出で立ちも東京の街の休日と殆ど変らない。唯一東京と違うのは、そうした都会的ファッションに身を包んだ人影の中に時折見え隠れする剥き出しの男の尻である(-.-;)。

 (もう直ぐ山笠祭なのは分かるが、)全く堂々と歩いており、周りの人達も無反応だが…よそ者の目には変ですやっぱ(断言!)。特にこの山笠の装束は上半身が非常にきっちりした出で立ちなので下半身の露出が異様におかしく見えるのである。(←失礼!)

 それはともかく帰る前に有名所のとんこつラーメンでも食って行こうと思ったら、これがことごとく日曜休業だったのには参った。観光客は相手にしてないって事か?

 と、真夏の南国で無益な汗を流した所で飛行機の時間になり、私は東京に帰って来たのであった。

〈完〉

(追記:『柳川へ行く』の回に掘割の写真をアップしたので興味の有る方はどうぞ。クリックで拡大写真も見れます。)

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北九州紀行8 炭鉱博物館を見学する

 三日目の晩は田川で久々に再会した知人達と呑む。安い酒で四方山話に盛り上がる。

 四日目は朝一で博多へ戻るつもりだったのだが、前の晩に友人から田川での用事を頼まれたので、その時間になるまで田川を観光する。

 昨晩呑んだ知人から田川の炭鉱町としての歴史を聞いて興味を持ったので炭鉱博物館を見学する。当時のまま保存されランドマークになっている巨大な煙突や櫓を始め、武骨な機能美の塊である掘削機械や坑内列車等大型の展示物にまず圧倒される。

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…しかし機械類が全部ピンクに塗られているのは何故なのだろうか!?よもや当時の色では無いと思うが…まさか坑内の雰囲気を明るくする為にピンクの列車が走っていたのだろうか?(^_^;)。

 それはさて置きその他の展示も充実している(当時の作業風景を再現した実物大ジオラマでの蝋人形さん達の熱演(?)が、現代人の目で見ると秘宝館的に人権侵害臭い所は有る意味勇気有る展示だと感動した(!?))。おざなりの箱物施設では無く、炭鉱は日本の歴史の大きな1ぺージだと言う地元の誇りを感じた。ちなみに国のエネルギー転換政策で炭鉱を閉鎖した後も石炭の消費量は増え続けており今や日本は世界一の石炭輸入国だそうである(展示より)。展示の最後は新たな地元振興への取り組みの紹介で、それはとても前向きなのだが、逆に言うと閉山から今に至る迄地元の模索が続いていると言う事でもある。炭鉱廃墟と言うと長崎の軍艦島を思い出すが、ここもかつては途方に暮れる様な廃墟が広がっていたのかと考えると地元的には腹に秘めた思いも有ろうかと思う。民族大移動の如く散って行った大量の労働者達のその後の苦労も大変だったと聞く。エネルギー転換政策自体を否定は出来ないが(あの蝋人形を見ると特に(^_^;))、改革の痛みを背負わされたまま後の発展の陰に取り残されてしまう人々の存在はいつの世でも忘れてはいけない問題だと改めて思ったりする訳である。

 てなとこで時間となり、私は用事を済ませに向かったのである。

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北九州紀行7 『成田亨の世界』展を観る PART2

 本展の展示はウルトラシリーズのキャラクター・デザイン画が全体の2/3程を占めているが、それ以外にイラスト、映画の絵コンテやコンセプト・アート、油彩画、彫刻等の立体作品が展示されており、成田亨の多彩な活動を垣間見る事が出来る。

 ちなみに私は怪獣には興味が無かったクチなので成田亨の名を知ったのは偶然見たイラストによってである。それは『マイティ・ジャック』のメカが空や海で活躍する姿を描いたシリーズだった。昔から映画好きだった私は欧米のSF映画に関わっていたシド・ミードやクリス・フォスと言ったデザイナーやイラストレーターをきっかけに、海外のSFイラストに興味を持っていた。主にSF小説のカバー用に描かれたイラストで、同種の物は当然日本にも有ったのだが海外の物は全く異質だった。

 最大の違いは空間表現で、構図の取り方も色彩表現もとにかくダイナミックで、大袈裟では無く今にも飛び出して来そうな、或いは吸い込まれて行く様な錯覚を覚える程の迫力が有った。それらに比べると日本のイラストレーターの描く絵は如何にも平板でこじんまりと纏まっており、この感覚の違いは何だろうか?住んでる土地や家の広さの違いから来るのだろうか?等と真剣に考えた物である。

 所が成田亨のイラストには海外のイラストレーターのそれを上回るダイナミックな空間表現や洗練された色彩感覚が有った。そしてそもそも基本的な絵の技術が海外を含めた他のイラストレーターより上・・・と言うかかつて見た事が無い程に上手かった。特に感動したのが『雲』や『波』の表現だ。

 『雲』や『波』を描くのは有る意味簡単だ。適当に描いても雲や波には見える。しかし本物の雲や波を描ける画家が果たして何人居るだろうか?私達は或る時ふと見上げた空に浮かぶ雲の美しさに息を飲んで見とれる事が有るが、その美しさを本当の意味で絵画から感じた事が有るだろうか?

 成田亨は『雲』や『波』だけの絵を描いている。背景としては数多の絵に描かれている雲や波だが、私が知る限り雲や波だけで絵にしたのはターナーとクールベ位である。しかも二人の雲や波はあくまで絵全体から受ける印象をテーマにした物で、雲や波自体は抽象的で類型的に描かれているに過ぎない。

 しかし成田亨が描く雲や波は違う。塊感と曖昧さを併せ持ち、力強さと儚さを同時に感じさせる不思議な生命感を持った雲の魅力が絵の主役として圧倒的な存在感を持って迫って来る。それは決してフォト・リアリスティックに描かれた物では無い。油彩の場合タッチは荒く、部分的には緑や黄色などの有り得ない色が使われていたりする。また水彩イラストの場合、そもそも雲は描かれていない。塗り残した紙の白い地肌が雲になっているだけなのだ。にも関わらず一目見た瞬間に「あっ!これこそ俺が感動した本物の雲だ!」と感じ、それまで自分が絵画やイラストで見て来た雲はどれ程美しいと感じた物でも所詮は本質を失った単なる記号に過ぎなかった事を思い知らされるのである。波も同様である。

 ここで私は絵画とイラストを同列に並べて話をしているが、絵画とイラストの分類は明確にして曖昧だ。現代の定義から言うとイラストと言うのは「情報を伝える道具として描かれる絵」で、絵画は「画家の感動を表現する為に描かれる絵」と言う事になる。しかしイラストとして描かれた絵でも描いたイラストレーターの感動が表現されて観る人の心を打つ場合は有るし、絵画として描かれた絵でも漫然と安易に描かれて何の感動も与えない場合も有る。従って私は敢えてジャンルは問わずに作品に接しているつもりである。

 本展には成田亨のイラストとして前述の『マイティジャック』や『ウルトラ』等のテレビ番組のキャラクターを描いた物に加え、私的に描き続けていた『日本のモンスター』シリーズの一部『龍』や『天狗』が展示されている。絵画としては若い頃に映画のロケで赴いた南太平洋の海と人物を描いた連作や、晩年に制作された『絶望』をテーマにした人物画や静物画が展示されている。中でも枯れたひまわりを青空の下に描いた『ひまわり』は絶品である。並べてみると成田亨の絵画はあくまで絵画だが、イラストの方は場合によって多分に絵画の要素が入り込んでいる事が分かる。例えばマイティジャックが波間から姿を現すイラストはイラストと言いつつ60号の油彩で描かれており、絵の大半はうねる大波で占められこの波の迫力や情感は明らかに絵画だと実感出来る物が有る。

 成田亨はデザインだけでなく映画の特撮美術監督も務めており、本展にはコンセプト・アートや絵コンテが何点か展示されている。この成田亨の特撮監督としての仕事は非常に興味深い。何故なら彼が特撮監督を務めた映画は円谷作品では無く怪獣映画ですら無いのである。彼が特撮を提供したのは『新幹線大爆破』や『戦争と人間』、『この子を残して』と言った大人が観る映画だったのである。ここで求められる特撮は怪獣映画の様な『おもちゃ遊び的面白さ』では無く、『ドラマに溶け込んだリアルさ』である。『スターウォーズ』が作られる以前、特撮と言えば円谷プロの独壇場で、正確な縮尺のミニチュアを精密に作る事を自慢していた時代に、彼はミニチュアに大胆なパースペクティブを付ける、セットの一部(或いは大半)に引き伸ばした写真を使う等の当時他の人がやらなかった手法でミニチュアならではの撮影上の制約から来るチャチさを乗り越え、円谷作品より遥かにリアルな映像を作り上げていたのである。こうした手法は「映画は立体を撮影しても完成した映像は平面である」と言う考えに基付き、あくまでフィルムに映った映像がどう見えるかを考え、そこから逆算して必要なミニチュアやセットの姿を考えると言う、言わば絵の具とキャンバスの代わりにミニチュアとカメラでハイパー・リアリズム絵画を描く行為である。これは極めて画家らしい技能と感性が発揮された仕事だと思うのである。

 最後に彫刻作品であるが、本展には怪獣や宇宙人をモチーフにした小品が数点展示されているのみだが、会場で上映されているビデオで成田亨の代表作である『大江山鬼モニュメント』の制作風景が見られ、これが非常に良い。鬼と言っても角が生えている以外は人間であるから、決してキワモノでは無く純粋な男性立像である。先に成田亨は抽象彫刻で頭角を現した作家だと述べたが、彼が美大時代に師事していたのはブルデル直弟子の清水多嘉志と言う彫刻家で、彼はブルデルの工房で師範代を務めジャコメッティにも教えていたと言う人物である。つまり成田亨はブルデル直系の具象彫刻を専攻しているのである。

 ブルデルはロダンの弟子で、ロダンの自然な写実主義に対して『建築的構造』と言う概念を生み出した彫刻家である。この『建築的構造』を平易に説明するのは難しいのだが、例えば動かない彫刻で人体を表現する場合、いくら解剖学的な正確さで作っても瞬間を切り取った静止した人物しか描く事は出来ない。しかしブルデルは人間の体の動きやその時の力の働きを彫刻で表現しようとした。その為に走っている人間の像に足を何本も付けたり、足の代わりに渦巻きを付けたり・・・・・する訳は無く(^^;)、人間が動く瞬間の体の中での力の流れを人体各部の構成で見せる方法を考えたのである。足元に掛かった力が人体の何処を通って何処に抜け、何処で受け止められるかを骨や筋肉の単位まで分解して考え、表現する動きに応じて発生すべき力を流し受け止める方向に各部を配置し組み立てて行くのである。そして力が掛かる部分、力を受けて動き出そうとする部分には若干の変形が加えられる場合も有る。それによりあくまで瞬間を描きながら躍動感や力強さを表現する事に成功したのである。これは解剖学とは別の視点からの人体の再構成だと言えるが、だからと言って必ずしも解剖学的正確さを無視する事では無い。ただ特定のモデルを正確に描くことだけを考えていては見えて来ない人体の本質に迫る行為だと思う。

 ブルデルはこの手法で様々な題材を作っているが、特にブルデルならではの力強さや躍動感が生かされていると感じるのは古代神話の英雄を描いた『弓を引くヘラクレス』像で、彼の代表作となっている。現代において神話の英雄像が作られる事はまず無いと思うが、成田亨は偶然にも『鬼』と言うこの神話の英雄に通じる滅多に無い題材を得て、ブルデル直系ならではの力強さと躍動感を遺憾なく発揮した男性裸像の傑作を生み出した。これは実に幸福な出会いだったと言えよう。

 と言う訳でブログにあるまじき長さで紹介して来た本展・・・つーか成田亨で有るが、改めて総括すると、とかく『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』等のデザイナーとしてばかり語られる彼だが本来は彫刻家・画家であり、同時に映画・テレビ等の特撮美術監督・デザイナーとしても活躍し、更にテーマ・パークや博覧会等のアトラクションやディスプレイのデザイナーも勤める等、正に現代の混沌とした『美術界』の中で『芸術家』がなすべき事・出来る事を精一杯模索し開拓し続け、独自の業績を残した『現代』を代表する真の芸術家の一人であると私は理解している。

 近年アメリカ美術の影響で美術の定義はますます混沌の中に有り、成田亨もサブカルチャーがポップカルチャーに格上げ(?)される様な形で美術館の展示対象に入って来た経緯が有る。美術の分類に興味は無く、ましてや貴賎を付けるつもりなど全く無いが、美術ファンとしてはこの混沌の中で押し寄せる情報に流されると、何か大切な物を見失うのでは無いかと言う危機感を感じる。既存の、或いは新たな権威や価値観に惑わされず、もう一度自分にとって美術とは何かと考える事が必要だと思うがどうだろうか。

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北九州紀行6 『成田亨の世界』展を観る PART1

 田川市美術館で開催されている『成田亨の世界』展を観た。展覧会の紹介に入る前に、恐らく余り知られていない成田亨と言う芸術家について私が知る限り解説してみようと思う。

 とかく『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』等のデザイナーとしてばかり語られる事が多い成田亨だが、本来は彫刻家・画家であり、ウルトラQのデザインに参加した頃の彼は抽象彫刻でアカデミックな公募展において入選を繰り返し、受賞経験も有る新進気鋭の彫刻家であった。

 そこで『ウルトラマン』のデザインを思い出して欲しいのだが、究極的にシンプルで有りながら明快な個性が有り、しかも美しいと言うデザインの理想その物である事が分かると思う。これは言葉では皆分かっているのだが実際にこの条件を満たすデザインを考えるのは中々出来る事では無い。

 しかし成田亨は主役のヒーローのみならず毎週登場する敵怪獣や宇宙人でもこの条件をクリアし続けた。カネゴン、ガラモン、レッドキング、バルタン星人等、子供がシルエットを見ただけでそれと分かる明快な個性を持ち、異形で有りながらグロテスクではない『カッコ良い』怪獣達には主役のヒーローと対等な生物としての尊厳が与えられている。又、メフィラス星人やペガッサ星人、チブル星人、ケムール人と言った宇宙人のデザインでは地球上の生物と掛け離れた抽象的なフォルムの中に生命感と存在感を与えている。更に40年近くを経てもその斬新さが失われるどころか益々際立つ『ウルトラホーク』や『ポインター』、『マイティジャック』と言ったメカニックデザインも見事である。

 これらのデザインはいわゆるデザイナーの感覚からは生み出されなかった物だと思う。成田亨が追求していた抽象彫刻とは具体的な『物』の中に潜む本質的な『美』を抽出する為に、枝葉のディテールを削ぎ落とし形を単純化・純粋化して行く行為だと言える。そう、成田亨は怪獣やメカニックのデザインを手掛けるに当たり、この抽象彫刻家的なアプローチを取ったのである。

 従って何故『ウルトラホーク』がいつまでも未来的でカッコ良く見えるかと言うと、実はこれが『メカニック』では無く戦闘機をモチーフにした『半抽象彫刻』だからなのである。戦闘機から人が感じる先鋭感やスピード感、力強さと言った印象を、彫刻家の感性と形に対する厳しい姿勢を持って単純化したフォルムの中に凝縮した物が『ウルトラホーク』だと言う事である。だからこれは時代を超越した永遠の『美しさ』、永遠の『カッコ良さ』を持っているのである。

 また抽象彫刻は観念の形象化でも有るから、成田亨は怪獣をデザインするに当たりメソポタミア文明まで遡って神話や伝説に残る怪獣の成り立ちやイメージの源泉を調べ、その上で驚く程の厳密さを持って自らの怪獣デザインの方向性を定義している。また、抽象化以外にも変形や同存化と言った古代から続く美術の中で編み出された表現手法をデザインに応用している。

 こうして生まれた成田亨の怪獣や宇宙人、メカニックは、本物の芸術家がその知識と応用力、高いテクニックと非凡な発想力を真剣に発揮して作られた『作品』だったと言える。それは純粋な意味での芸術作品では無かったが、人の感性を刺激し豊かにする芸術作品の価値を持っていたのである。

 と言う訳でキャラクター・デザイン以外の成田亨の仕事にも目を向ける必要が有ると私は訴えたいのだが、今回の展覧会は『成田亨の世界』と言うタイトルが示す通り、キャラクター・デザイン以外の成田亨の幅広い仕事にもスポットを当てようとしており、非常に意義が有ると感じる。

 てな所で次回はいよいよ展覧会の紹介と、キャラクター・デザイン以外の成田亨の仕事に付いて書いてみようと思う。(何か力入って来たな今回・・・・・)

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北九州紀行5 『田川へ行く』

 三日目はかつての炭鉱町として知られる田川市に行った。実はここにある物を届けるのが今回の旅の目的である。出発日の朝迄掛って仕上げた品を無事届けて肩の荷が降りた私はそのまま当田川市美術館で開催されている『成田亨の世界』展を観た。

 成田亨の名を知らない人は多いかも知れないが、彼がデザインしたウルトラマンやウルトラセブンを知らない人は居ないだろう。

 子供番組と言う理由からアカデミックな向きからは軽んじられる…と言うか無視され、世間ではオタクの愛玩物の様に扱われて来た成田デザインだが、はっきり言って世界に類を見ない、極めて洗練された秀逸なデザインである。

 そう、今こそ私は一人の美術ファンとして、国立の美術館だか博物館だかで『スターウォーズ』デザイン展なぞやりながら足元の至宝が見えていないこの国の『美術界』と言う名のうやむやに力の限り告発するのです。

「それって一体どーなのよ?」

 と言う訳で、美術ファン的視点からの本展紹介を次回やってみようと思う。

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北九州紀行4 『博多の宿』

 ちなみに博多でこの二日私が泊まった宿は市内の健康ランドだったりする。

 余り観光客が泊まる所では無いと思われる健康ランドだが、意外に観光客向きの宿だと今回思った。

 まず当たり前だが風呂がでかい!そして色々な風呂が有る。その上一応温泉である。アクティブに動きまわる観光客の疲れはユニットバスでは断じて取れないのである。

 更に重要な風呂上がりの一杯であるが(断言!)、軽食が頼める広い和室の休憩スペースが有るので、風呂上がりに畳に足を伸ばして生を大ジョッキで行けるのが良い。しかもここは黒ビールが有ると言うのが嬉しい。当然H&Hも頼めてこれが又嬉しい(*^_^*)。

 部屋ではケーブルテレビとDVDが無料で見られる。それで映画を見る程暇では無いが、天気予報やニュースが何時でも見られるのは便利だ。

 又、無料のインターネットコーナーが有るので、鉄道の経路や所要時間等を簡単に調べられるので予定を立てるのに便利だ。(個人情報を入力する予約手続きの様な事は一応避けました。)

 こうしたサービスは一晩中やってるので、目一杯観光して遅く帰って来る私の様な客は風呂も休憩スペースも貸切り状態で実に気持ちが良い。

 更に言うと施設が全体的に綺麗である。そして健康ランドならではなのが館内を裸足で歩ける事で、これが結構気持ち良い物である。

 これで宿泊代は平均的なビジネスホテル並みである。しかもチェックアウトの際に生ビールの無料券なぞくれる物だから思わず二日目も泊まってしまった訳である(T▽T)。

 旅の風情を宿に求める旅なら別だが、ビジネスホテルやシティーホテルに泊まって起きてる時間は目一杯観光する様な旅なら健康ランドはぴったりだと思うがどうだろうか。

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北九州紀行3 『柳川へ行く』

 二日目は東洋のベニスと呼ばれている柳川へ行った。

 朝、宿のテレビで天気予報を見たら福岡は大雨と言ってたのだが、宿を出た時には雨は上がりうっすらと青空まで見えており、その後時々ぱらついた物の結局その日一日傘いらずだった。私の日頃の行いの良さが客観的に実証された形だ。

 柳川では定番の小舟での川下りを楽しむ。不特定多数の人達と一緒に押込まれる観光舟は私の好む旅のスタイルでは無いが、舟に乗らずに掘割を見物する事は出来ないので選択の余地は無い。

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 独特の水辺の風情は噂通り良い物だった。舟の先頭に乗れたので進行方向を見てる限り自分と船頭さんしか居ない気になれて少々リッチな旅をした気分である。

 それは良かったのだが、柳川は掘割以外には殆ど見る所が無いのには参った。掘割沿いに殆ど道が無いので舟から降りたら掘割の存在は家並みの陰に隠され気配すら感じれない。帰りはのんびり水辺の散歩と思っていたのたが完全にあては外れ、極めて平凡な郊外の町並みの中を歩く事になったのだった。

 そんな訳で早々に柳川を後にした私は博多への帰り道に有る太宰府天満宮へ寄った。ここは学問の神様で有名な所だが、敷地の隅っこに『製菓業の神様』なる物を奉った小さな神社が有るのを発見。菓子屋をやってる友人の為に商売繁盛の御守を買って行かねばなるまいと思ったのだが、氏子さんに天満宮の御守しか無いと言われて仕方無くお参りだけして来たのだった。

 夜もまだリッチな気分が少しばかり残っていた私は夕飯に『ふく会席コース』を食った。(『ふく』とはこちらの言葉で『ふぐ』の事である。友人に知らない奴が居たので念の為。)何だかんだ言ってやはり美味かった。正直今迄余り良いふぐを食った事が無かったので今回初めてふぐを知った気がする。

 てなとこで二日目もまぁ満足なのであった。

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北九州紀行2 『福岡市美術館へ行く』

 初日は午後に福岡空港に到着。取敢えず博多市内をぶらぶら歩いてみる。私は旅に出ると結構歩いて周る。名所を多く周る事は出来ないが、知らない場所を歩くと小さな発見が色々有って楽しい物である。

 で、博多駅から歩き始めて天神でとんこつラーメンを食った後、福岡市美術館迄歩いてみた。近くには県立美術館も有るのだが、ガイドブックに書かれたわずか2人ずつの収蔵作家名から推測するとこちらの方が好みの作品が有りそうだったのだ。

 建物に入ると美術館と言うより公民館か市役所と言った味気無い雰囲気だ。この辺は多くの市立美術館で感じる県立や国立との差だ。

 しかし収蔵作品は侮れない。ユトリロの初期の非常に良い絵が有るし、フジタやシャガール、ミロ、三岸好太郎、佐伯祐三、青木繁等が観られる。

 しかし何と言っても圧巻だったのはダリの『ポルト・リガトの聖母』(当然デカい方)だ。「そうかここに流れて来てたんだなー。」としみじみ思いながら、東京の企画展だったら絶対に人だかりで近付けないこの絵を舐める様に観た。とにかく30分経とうが1時間経とうが客は私以外誰も居ない。部屋の隅に座ってる美術館の人もずっと寝たままだ(笑)。息がかかる程の近さ(ガラスが無ければ)でいつ迄見ていても文句を言う人は居ない。デカイ絵なんで画集では分からなくなっていた細かいディテールもはっきり分かる(特にダリの場合細かいディテールは重要だ…と思う)。消失点に針を刺した穴が残ってるのも見える。正に至福の時間である。

 ちなみにこうした地方の美術館では余りビッグネームでは無い地元出身とかの作家の作品がコレクションの中心である事が多いが、こうした知らない画家の心に残る絵に巡り合えるのも魅力だ(でも名前覚えられないんだよなー(T_T))。

 てな訳で初日は自分的には結構満足であったのだった。

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北九州紀行1 『博多に着く』

 個人的にここ一月程修羅場になってまして当ブログにコメントを下さった方々には失礼は重々承知ながらレス出来ずにおりました。この場を借りてお詫び致します。否、会社の仕事では無いんですがね、まぁ人生には仕事以外にも何が有ってもやらねばならない事が訪れる場合が有るって事ですね。

 で、その件を何とか昨日の晩コンプリートしまして(ただしほとんど徹夜)、本日から私博多にやって来ました(その抱えていた件と博多に来た事は関係有るのだが、それは又別のお話。)。

 つー訳でモブログならではの九州紀行を暫くやってみようと思います。どうなりますやら。

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